第20話 上田原の雪辱

  年が明けて天文17年(1548年)の正月も終わり

雪が時折強く降る中、武田軍は信濃国の村上領を目指して進軍していた。


 「信方、決戦の場所はどこになると思う。」


 「恐らく敵は山岳を生かしてくる思われますゆえ、葛尾城下の辺りかと。」


 「そうだな。」


 晴信と信方は平地の多い上田付近ではなく山が多い葛尾付近で

戦を挑んでくる、こう考えていた。


 その理由はただ一つ、村上義清が平地で威力を発揮する武田軍の騎馬隊を

恐れていると思っているからだ。


 だから家臣たちも山での戦を想定して準備していた。

実際に間者からは決戦は山である、との報告を受けている。


 しかし、ここから武田軍の計画が狂い始めた。

村上軍が葛尾城の近くではなく、上田の近くの上田原に布陣したのだ。


 ただ、晴信はまだ変な推測をしていた。

義清は上田原に陣を敷いておいて、いざ武田軍がやってきたら

退きながら山々に引き込む、という作戦を考えている

と思っていた。


 しかし、武田軍が迫っても村上軍が動く様子はなかった。


 (義清は何を考えているのか・・・。)


 晴信がこう思った瞬間である。


 「ご注進!!村上勢に動き!!」


 「退き始めたか!!」


 「い、いえ・・・、村上勢が攻めてきます!!」


 「な、何ぃ!?」


 パッと前を見た晴信は言葉を失った。


 村上勢が全軍で突撃を仕掛けてきていた。


 予想外の突撃に戦の準備ができていなかった武田軍は浮足立った。


 「そりゃっ!!雑魚どもには目もくれるな!狙うは本陣の武田晴信ぞ!!」


 村上勢が本陣めがけて突撃してきて先鋒隊の板垣勢、第二陣の甘利隊は

敵の勢いに飲み込まれた。


 (お、恐ろしい・・・!)

 晴信は昨年の上杉軍金井秀景とは全く違う恐怖を抱いている。

敵は首を多く取ろうなどとは一切思っていないのだ。

ただ、晴信自身の首をもぎ取ろうとしている。

 上杉軍を苦しめた赤備えも浮足立って全く機能していない。

村上勢は地面を赤に幾重にも染めながら突進してくる。

武田軍の血しぶきを浴びた村上勢は気持ちも昂り

最強の赤備えになっていた。


 (これを止められる者はいない・・・!!)


 晴信は死を覚悟した。

だが、気が付くと第三陣の飯富隊がなんとか踏ん張って勢いを殺していた。


 「本陣には一歩も踏み入れさせるな!!」


 虎昌が配下にげきを飛ばしながら、自らも槍をふるっていた。

虎昌は予めこうなることを予測し、準備をしていたのである。

 実は虎昌は戦前に本陣の目の前である第三陣を晴信に願い出ていた。


 (絶対に御屋形様を守る!!)


 こう強く思っての行動だった。

それでも村上の勢いのある武士全てを受け止めるのは不可能だった。

 

 ついに隙間ができだして本陣に村上勢の先鋒隊が突撃してきた。


 側近の跡部又八郎らも必死に交戦してなんとか耐えている状況だ。


 (なんとか耐えてくれ・・・!)


 晴信には前線の信方や虎泰を思い出す余裕もなかった。


 「グェ・・・!」


 ついに晴信の周りを守っていた跡部又八郎が負傷してしまった。


 「大丈夫か!?又八郎!」


 「は、はい・・・。なんとか・・・!」


 又八郎を気遣っていると、前から大きな足音が聞こえてきた。


 「村上家家臣、出浦清種である。ご覚悟!!」


 「う・・・!」


 晴信に槍の先端が刺さったその時、清種のところに横槍が入った。


 「うぬ・・・!」


 その槍は清種の槍を持っている腕に命中し、槍をふるえなくなった

清種は引き下がっていった。


 「大丈夫でござるか、御屋形様!?」


 その声の主は山本勘助であった。


 「御屋形様!傷から血が出てござる、すぐに治療を!」


 「大丈夫だ、これくらい。これで悲鳴を上げていたら総大将は務まらない。」


 幸い、晴信は肩を軽く刺されただけで済んだ。


 「勘助、助けてくれたこと、感謝する。あれがなかったら今頃死んでいた。」


 「その言葉、そっくりそのままお返しいたしとうございます。」


 「何?」


 「暗殺を企てたのが発覚した時、御屋形様はこれまでと変わらず

この勘助めを登用してくださった。この勘助、御屋形様に

助けられた命にござる!!」


 こう言って勘助は戦場に戻っていった。


 飯富隊の奮闘もあり、あと一歩が出なかった村上勢は次第に損害が

増していき、重臣2人を討ち取った戦果ありとして引き上げていった。


 重臣2人・・・、それは晴信にとってかけがえのない2人だった。


 村上軍撤退後、前線の地に向かった晴信は予想はしていたが、

それでも言葉を失った。


 信方と虎泰を思われる首のない大将格の死体が2つ横たわっていた。


 「信方・・・、虎泰・・・!!」


 晴信は悲しみに暮れた。

2人の死にざまを思い浮かべるだけでこみあげてきた。


 再び雪が舞い始めた上田原。

晴信の悲しみは雪が積もるごとに増していくのであった。

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