第19話 虎昌の勘

 天文16年(1547年)秋。


 戦こそないものの、武田氏と領地が接した村上氏との間には

緊張が走っていた。


 志賀城陥落で佐久郡を平定した武田家は北信濃の豪族、村上家

と一触即発の状態になっている。


 村上家の当主は義清といい、経験豊富な猛将だ。

村上家は葛尾城(上田市の北、坂城町)を本拠にして、

南は海野平(上田市と小諸市の間、東御市)から北は善光寺平(長野市周辺)

までを治める信濃国では最大勢力を誇る家である。


 村上家は強敵なのだが、武田家の中はこの勢いでいけば勝てる、

という雰囲気になっていた。


 晴信も例外ではない。


 (年明けは村上を倒して、いよいよ越後。そこも奪えば海だ・・・!)


 なんと村上を簡単に倒せると思い星勘定していたのだ。

だが、武田家の中で数少なくこの状況に危機感を抱く家臣がいた。


 ・・・飯富虎昌である。


 虎昌はいろいろと迷惑をかけてもいるが、それでも重臣としていられるのは

虎昌にしかない能力があるからである。


 当然、赤備えを編み出したくらいだから戦の能力もすごいのだが、

家で一番と言われているのは戦の勘である。


 その勘で幾度となく武田家を救ってきたのだが、

今回もまたその勘が危ないと叫んでいるのだ。


 「御屋形様、少しお話したいことがあります。大丈夫でしょうか。」


 「うむ、大丈夫だが、なんだ。」


 「このごろの楽勝という雰囲気が気になりまして。」


 「なんだ、そのことか。でも勢いがある。この勢いを生かすのも大事だ。」


 「いや、しかし慎重さも必要ですし油断につながる恐れも・・・。」


 「むしろここで変に慎重にいった方が好機を逸して負けてしまう。」


 「で、ですが・・・。」


 「大丈夫だ、虎昌。心配せんでいい。」


 と言って晴信は虎昌の話を押し切った。


 その後、虎昌は信方や虎泰にも話をしたのだが二人とも楽勝モードに

浸かっており聞き入れてもらえなかった。


 (こうなったら、勘通り危なくなった場合に御屋形様をお守りせねば。)


 虎昌は晴信の命を狙った経験から、今度は自分が助けなければ

という決意に燃えていた。


 この飯富虎昌が晴信を救うことになるのは、年明けのことである。


 

 このころ、晴信は少し時間があっては奥近習の源五郎と一緒にいた。

源五郎は晴信の大のお気に入りなのだ。

だが、これを少し不快に思う者がいた。


 ・・・側近の跡部又八郎である。


 この又八郎は小細工することなく、晴信に直訴した。


 「源五郎殿を気に入っているのはよくわかりますが、

私めのことも忘れてほしくありませぬ。」


 だが、直訴もむなしく晴信にあしらわれてしまった。

ひどく落ち込む又八郎にある者が接近してきた。


 ・・・村上家の間者である。


 どうも村上義清がもし戦で負けた時に晴信暗殺もできるようにと

考えて又八郎に接近してきたらしい。


 又八郎もはじめは屋敷から追い出したが、何度も誘われるうちに

気持ちが揺らぎ始めていた。


 そんなある日のこと、悩みふける又八郎を見た虎昌はその勘が

裏切りの可能性を察知した。


 (又八郎を引き戻さなければならない・・・!)


 虎昌は又八郎の屋敷のそばで待ち伏せしていると、

案の定村上の間者が屋敷に入ろうとした。


 (あやつの仕業か・・・!)


 ズバッ!!


 虎昌はその間者を切り捨てた。


 するとその音にびっくりして出てきた又八郎にばったり出会った。


 「大丈夫だ、又八郎を責める状況ではない。御屋形様の家臣への

偏りが悪いのだ。」


 そういうと又八郎は少し安堵の表情を見せた。


 このほかにも、武田家の中ではぎくしゃくしたことが複数起こっていた。


 実はこの状況を危惧する者がもう一人いた。


 ・・・軍師、山本勘助である。


 勘助もまた、武田家の状況に敗北する前の状況であるとして

警戒していた。

 しかし、あの晴信暗殺未遂発覚の後、なかなか発言できず

勘助は縮こまっていた。


 (あの後でもこんなに動ける虎昌殿が羨ましい。)


 こう思っていた。


 事実、年明けに武田家は辛い、辛い痛手を負うことになるのだが、

晴信は家臣たちの警告に耳を傾けず、楽観視していた。


 雪が舞い始めた古府中。

凍える寒さの中、虎昌と勘助は年明けに来たる敗戦に

より一層震えるのであった。

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