第18話 小田井原の戦い

 ここは信濃国の小田井原。

小諸の町に近く、街道も通っているため江戸時代は小田井宿という

中山道の宿場町として栄えた地である。


 後々、旅人などで賑わうこの地も、今はただ人馬のいきり立つ声が

鳴り響いている。


 関東管領上杉軍と武田軍がにらみ合っているのだ。


 しかし、にらみ合い1日目の夜のこと。

上杉軍がひそかに行動していた。


 本陣に上杉家家臣金井秀景ら1万3千を残して、同家家臣高田憲頼の部隊

2千が夜陰に紛れて志賀城に入城したのだ。


 これは武田軍に大きなショックを与える用意周到な作戦であった。


 武田軍がいる小田井原は志賀城と上杉軍本隊の間に位置している。

志賀城の笠原の部隊だけであれば、挟み撃ちにできるほどの兵力がない。

しかし、高田憲頼の部隊2千が入ったとなれば、その2千が丸々動けるため

武田軍は挟み撃ちの危機に陥った。


 (してやられたか・・・。)


 晴信は奮い立つ家臣をよそに頭を抱えた。


 だが、ここで志賀城に忍ばせてある間者からとある情報を入手した。


 (ふむふむ・・・、高田の部隊は戦の喊声を出撃の合図にしているのか・・・。)


 ここで晴信は自分を褒めたくなるような作戦を思いついた。

すぐに信方を呼んだ晴信は、


 「今夜、ひそかに志賀城の近くに移動して敵を待ち構えよ。」


 と命じた。


 「しかし、高田憲頼の部隊は戦が始まらないと出てこないのでは・・・。」


 「大丈夫だ、作戦がある。耳を貸してほしい。」


 信方が晴信の口元に耳を近づけると、晴信の口から信方もびっくりな

作戦が出てきた。


 「それはすごい作戦で。」


 「絶対にうまくいく。」


 そして、その日の夜に板垣信方の部隊が志賀城近くの藪に移動して

隠れた。


 夜が明けたにらみ合い2日目の朝。

この日はもやがかかっており、視界が悪かった。


晴信は作戦通り全軍に喊声を上げるよう命じた。


 「オー!!」

 「オイヤー!!」


 など人それぞれ、好きな声を出させた。


 すると、城内に動きがあった。


 「憲頼様!」


 「なんだ!?」


 「戦場は見えませぬが、喚声が上がりました!」


 「よし、者ども、出撃じゃっ!!」


 その喊声を聞いて戦が始まったと勘違いした城内の高田憲頼の部隊が

城から出撃してきた。


 (まだじゃ、まだじゃ。)


 藪に隠れる板垣勢は高田憲頼が目の前を通るのを待っていた。


 「それ、出撃!!」


 信方の率いる軍勢が側面を奇襲した。


 高田勢は想定外の敵の出現に動揺し、陣形が崩れたところを猛攻した。


 「斬れー!!一人残らず斬るのじゃー!!!」


 板垣勢は城へ逃げようとする兵士もお構いなしに切り捨てた。


 結局、高田憲頼こそ逃してしまったものの、高田勢を戦闘不能に陥らせた。

これが戦局を大きく変えた。


 「それー!!突撃ぃ!!」


 「上杉の兵どもを踏みつぶせ!!」


 小田井原の本戦場では武田軍が金井秀景率いる上杉軍本隊に突撃を仕掛けた。


 武田軍の先陣が怒涛の如く攻めかかる。武田兵は相手からすると赤鬼同然だ。

上杉の兵たちは斬り殺され、その血が武田兵をさらに赤く染める。

そこにいたのは対陣していたときの武田兵ではない。

首がもげた死体を踏みにじって突撃していく姿はまるで

死体を求めているようだ。

 

 (こいつらは人間なのか・・・!?)

 総大将の金井秀景は今、まさに地獄絵を見ている。


 武田軍の代名詞とも言われる赤備えは敵に恐怖を与えた。


 「ひ、退け・・・、退却じゃー!!」


 秀景は退却を命じ、上杉兵は次々と潰走していくが、武田軍はそれを

晴信の止まれがでるまで追いかけ続けた。


 その後、討ち取った首3千を志賀城の前に並べて見せた。


 士気が大きく低下した城方は武田軍の攻撃を前に高田憲頼や

笠原清繁が討死するなどして落城した。


 快勝に沸き立つ武田軍陣営だが、その北西の地でひそかに闘志を燃やす

者がいた。


 ・・・村上義清である。

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