第17話 甲州法度之次第

 天文16年(1547年)6月、晴信は重臣一同を躑躅ヶ崎館に

呼び寄せた。


 「よいか、これが我が武田家の法度である。」


 そう、遂に晴信が弟、信繁と共に作り上げた法度を正式に制定する時が

来たのだ。


 「この法度は甲州法度之次第と呼ぶ。」


 晴信の発表を横で信繁が満足そうに見ている。


 「この法度は武田家の当主もこれより代々、対象である。

よって、当主たる私が法度に反することをした場合でも

しっかりと責任を取る。」


 晴信は自らも対象に加えることで、家臣も当主も同じであるという

一体感を生み出そうとしていた。


 法度の制定により、武田家の中には新たな決意が生まれた。

それはこの武田家が一つの国としてやっていくのだ、というものである。


 晴信の機嫌もかなり良好であった。


 昨年にはあの諏訪姫との間に四男、四郎が生まれた。

次男は盲目で三男は病弱と、長男の太郎以外に丈夫な

男子がいないだけに、四郎には兄の太郎を支えていく立場が

期待されていた。

 なにより、美人な諏訪姫の血を引くだけあって顔立ちもよく、

晴信は早くもメロメロであった。


 だが、この2か月後に晴信にとって耳障りな情報が入ってきた。


 豪族たちの臣従もあり、順調に進んでいる信濃侵攻に邪魔者が

入ろうとしている、というものだ。


 その名は上杉憲政である。


 上野国守護にして関東のリーダー格である関東管領を務める

家柄である。


 今回、信濃国佐久郡の豪族で上野に近い志賀城を守る笠原清繁が武田家と

敵対しており、その笠原家が強気に出る背後にどうも上杉憲政がいるらしい。


 関東管領という役職自体は幕府の衰退と小田原北条氏の台頭で

影響力が薄れているが、依然として上野国を中心に大きな勢力を

保っている。

 だが、河越夜戦で北条氏に大敗した憲政は、さすがに北条氏と武田氏の

両方に攻め込まれてはどうしようもないと考えているようで、

国境付近の志賀城を防衛ラインに定めて清繁と話を付けたらしい。


 「笠原の一党だけであれば容易い戦だが、後ろに憲政がいるとは・・・。」


 晴信は頭を悩ませた。

とはいえ、救援に来るであろう上杉軍を倒して志賀城を落とさなくては

信濃国佐久郡の平定はあり得ない。


 晴信は出陣し憲政と一戦構える決意をした。


 

 古府中を出陣した武田軍は若神子城、海尻城、内山城と進軍し

志賀城の城下に陣を構えると、上杉憲政の軍が来る前に落としてしまえ

とばかりに猛攻を加えるが、笠原清繁率いる城兵が頑強に抵抗し

あと一歩が出ない展開となった。


 「ご注進!!上杉憲政の居城、平井城に動き!

平井城より数日以内に大軍が発するとのこと!!」


 「ご注進!!平井城より軍勢が出陣した模様!」


 (いよいよ来たか・・・。)


 「上杉軍の陣容は。」


 「ははっ、総大将は高田憲頼で総勢1万5千!!」


 この報告に晴信は首を傾げた。


 (初めは大軍との報告もあったが、憲政も出陣せず兵力も我らよりは

多いがこの武田軍の強さからすれば勝てる・・・。)


 「憲政が出てこぬとは、なめられたものだ。」

 「・・・全軍に伝えよ。わが軍はなめられている。居城でのんびりしている

憲政を驚かせようぞ、とな。」


 このことが全軍に伝わると、全軍が憲政への仕返しの念に燃えて

士気がかなり上昇した。


 そして高田憲頼率いる上杉軍が小田井原に到着したのを受け、

武田軍も城の抑えを残して小田井原に布陣した。


 晴信が初めて万を超える軍勢と当たる“大一番”は

もう始まろうとしていた。

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