第14話 諏訪の姫、武田の悲鳴

 天文12年(1543年)も夏が終わり、木の葉が色づき始めたころ。

晴信は諏訪湖の畔を馬に揺られながら進んでいた。


 その顔は木の葉にも負けないくらい赤く染まり、戦とはまた違った鼓動が

晴信の体に響いている。


 (会いたい、早く諏訪姫に会いたい・・・!)


 こう思う晴信だが、じれったいことに馬が調子悪く早く走ってくれない。


 (ええいっ!これなら走った方がましだ!)


 晴信は馬を乗り捨てて諏訪姫のいる館に走って向かった。


 「・・・諏訪姫!!」


 「お、御屋形様・・・!なぜここに・・・。」


 「古府中にいたのだが待ちきれなくて・・・、迎えに来た。」


 「まぁ、わざわざ・・・!」


 諏訪姫は今度から晴信の側室になった姫である。

本来ならば甲斐で待っている晴信のもとに行って嫁ぐのだが、

待ちきれなかった晴信が出発直前の諏訪姫を迎えに来たのだ。


 「こんな敵国の娘を大切にしてくださって・・・、嬉しい限りです。」


 「そなたは敵国の娘ではない。私の大切な側室だ。」

 

 そう、諏訪姫は諏訪頼重の娘なのだ。

頼重の娘ということで捕らえられようとしていたところを

晴信が助けたのであり、その理由は諏訪姫に惚れたからだ。


 美しい姿をしているがその心は強く揺るぐことがない。

捕まろうとしていた時、諏訪姫は自害を試みていた。

それを武田の武士が止めようとしたが言うことを聞かず、

騒ぎになっているところを晴信が見てその強さに惚れてしまったのだ。


 「ま、待て。・・・諏訪の姫よ、私の側室にならないか。」


 いきなりの衝撃発言に諏訪姫もその場にいた武田の武士も驚愕した。


 「ま、まさか・・・。」


 当初、諏訪姫は当然ながら信じず、また自害しようとしたが

晴信が必死に説得しひとまず命だけはとりとめさせた。


 その後、高遠との戦もありしばらく会えなかった両者だが、

この度正式に側室になることになり今に至る。


 「随分とお美しい姫御ですな。」


 甲斐についた二人は躑躅ヶ崎館の前で歓迎を受けた。

この後、敵勢の動きも少なく晴信と諏訪姫は束の間のひと時を過ごした。



 翌年、天文13年(1544年)秋。

信濃国の伊那郡福与城城主藤沢頼親の動きが怪しい、との一報が入った。


 急いで出陣の準備に入った晴信だが、信濃からの情報は距離上来るのが遅く

そこから出陣した武田軍だが、すでに伊那郡のいくつかの砦が落ちていた。


 (このまま領地拡大するなら、なにか早く伝わる方法が必要だ・・・。)


 こう思いつつ晴信は藤沢軍に反撃し、藤沢頼親は居城の福与城に逃げ込んだ。

その福与城を攻囲した武田軍だが、なかなか守りの堅い城塞で

容易に落ちなかった。


 すると、武田軍の後方、高遠城の方角より急使がやってきた。


 「ご注進!!高遠城が敵勢の手に落ちました!!」


 「何っ!?」


 「敵だ誰だ!?藤沢の別動隊か、松本の小笠原か!?」


 信方はこのどちらかかと思い尋ねた。

晴信もそのどちらかであろうと思っていたが、使者の返答は

予想外であった。


 「その敵勢、旗からして高遠頼継とその残党に思われまする!!」


 (しまった・・・、あの時に捕まえていれば・・・!)


 そう思った晴信だが、頭を切り替えて今どうするべきか考えた。


 (藤沢勢の追撃覚悟でまず高遠を奪還する!)


 こう決心した晴信は殿を重臣横田高松に任せ、軍を引き返したが

藤沢勢の追撃は想像以上であり、陣の後方から上がる悲鳴を聞き殺しながら

晴信と武田軍先陣は高遠城に押し寄せたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る