第13話 辛勝と信方の助言

 いつも我知らずと流れる宮川も、今日ばかりは流れが止まったようだ。


 「目指すは諏訪郡の奪還じゃ。武田の赤武者どもを蹴散らして

赤っ恥をかかせようじゃないか!」


 「オーッ!!」


 ものすごい勢いで攻め込んでくる高遠軍先鋒隊に対し、武田晴信は

弓矢で勢いを殺す作戦だった。


 しかし、板垣信方と共に前面に陣を張る飯富虎昌は晴信の言うことを

理解できずにいた。


 「なぜ、弓矢なのだ。卑怯な手段ではないか・・・!」


 そして、高遠軍先鋒隊が宮川に差し掛かったとき

虎昌の我慢が限界に達した。


 「それ!突撃だっ!!」


 飯富の部隊が勝手に突撃を始めた。


 「な、なんだあの部隊は・・・!?」


 「ご注進!飯富虎昌殿の部隊が敵と槍でぶつかっています!!」


 晴信はすぐに退くよう命じたが虎昌は応じなかった。

結局、虎昌の部隊は相手の勢いに太刀打ちできず押し込まれ、

それを助けるために全軍を進ませたため全面衝突となった。


 最初から士気が上がらなかった高遠の本隊も、勝利の兆しが見えたため

グンッ、と士気が上がってしまった。


 (余裕で勝てる戦であったのに・・・!)


 晴信は軍配を投げ捨てようとしたが側近の跡部又八郎が止めに入ってきた。


 「御屋形様、総大将たる者がそんな動きをしてはいけません!

それに勝ち目は十分にあります。数は倍いますから相手が疲れれば

流れは変わります!!」


 「・・・確かにその通りだ・・・。」


 晴信は自分に落ち着けと言い聞かせながら手を下ろした。


 結局、又八郎言う通りになった。

初めの方は勢いがあった高遠軍も一人につき二人、三人と当たっていく

うちに疲れていき、終盤は武田軍が大きく押し返した。


 敗北した高遠頼継は居城の高遠城に逃げ帰った。

その後、高遠城も落とした武田軍だが、高遠頼継は逃がしてしまった。


 甲斐に帰国後、晴信は飯富虎昌をひどく叱った。

 だが、その後信方が入ってくると信方は


 「虎昌を叱るべきではない。」


 と言ってきた。


 「なぜだ、悪いのは虎昌ではないか。」


 「初陣の時を忘れられましたか、晴信様っ!」


 「初陣の時とな・・・。」


 「信虎様に軍の規律を乱したと叱られましたでしょう。

信虎様の追放にはこのことに対する思いも入っているはずです。

であるならば、信虎様と同じように規律を乱したものを叱るということは

決してやってはいけません!」


 「いや、しかし・・・。」


 「でしたら、ご自身の意図を事前に細かく説明すれば良いのです。」


 「しかし・・・。」


 「理解できていない家臣を叱るというのは信虎様と同じことです。」

 「晴信様も信虎様と同じ末路を歩むのですか!!」


 こう言って信方は泣きじゃくった。

信方には信虎を追放した以上、絶対にやってはいけないことがある、

という思いがあった。


 「わ、わかった・・・。父上には追放に意味があったと

思ってもらわなければならない・・・。それがせめてもの親孝行だな・・・。」


 父、信虎を追放した責任を痛感した晴信は虎昌を呼んで深く謝ったのであった。

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