第12話 源五郎の逃げ業

 甲斐の夏は熱気が籠って非常に蒸し暑い。


 そんな中でも休まずで堤防工事が進んでいる。

晴信はその工事を進める者たちを労いながら、各地の工事現場を

見て回っていた。


 ある時、笛吹川沿いの石和より少し上流にいった工事現場を

訪れた時のこと。


 「誰かこのあたりの地形に通じる者はいねえのか。」


 リーダー格の人がこう呼びかけたが、皆、頭を抱えるばかりであった。


 この石和の辺りは工事個所が多く、地元の人は他の箇所に行っており

ここは他の村からの寄せ集めだった。


 そのため、この地区に通じるものがおらず工事に苦心していた。


 これは明らかに武田家の配分ミスであった。

他の箇所から石和の人を連れてくるよう指示を出そうとした時、

一人の少年が現れた。


 「私なら若輩ですがこの辺りには詳しいです。」


 こう言って集まりに加わると、人々にこの辺りの地形などを事細かに説明し

見事に問題を解決してみせた。



 「あの者、なんという。」


 「恐らく石和の春日家の源五郎かと。」


 と側近の跡部又八郎が答えた。


 どうも石和近辺では村一番の切れ者として有名なのだという。


 「その源五郎を呼べ。話がしたい。」


 晴信は源五郎のことをたいそう気に入り、できれば奥近習にしたい、

と思っていた。

 しかし、戻ってきた又八郎から意外な言葉が返ってきた。


 「源五郎が・・・すでにいませんでした。」


 「な、何だと!?」


 「・・・なるほど、助けるだけ助けてすぐに姿を消すとは・・・!」


 晴信は源五郎のことがさらに好きになってしまった。

だが、決して探すことはしなかった。


 なぜなら、縁があれば再び会える、そう晴信は信じているからだ。

また会えるかは後のお楽しみである、そう思って館に戻っていく晴信であった。




 天文12年(1543年)以前まで内政に励んでいた晴信であったが

この年から急に戦が多くなっていった。


 発端は諏訪一族でありながら諏訪頼重を見限って武田方になっていた

高遠頼継の怒りだった。


 諏訪を攻め取る際に武田家と高遠家は対等な立場で対等に諏訪郡を分け合う、

こう約束したのだが、晴信としては味方を増やすだけの策略に過ぎなかった。


 諏訪との戦が終わり、頼重が自刃すると晴信は高遠頼継を家臣のように扱い、

領地もほとんど武田家の領地として板垣信方を郡代において統治していた。


 「武田家は信用ならん。討ち果たすよりほかになし!」


 高遠頼継が武田に宣戦布告をしてきた。


 こうして今、堤防工事も法度作りも置き去りにして信濃国諏訪の宮川という

ところに陣を張っている。


 「虎泰、敵の総数は。」


 「我が軍の半分、3千余かと。」


 「陣容はどうだ。」


 「はっ、高遠軍全体でみれば士気は上がっておりませぬ。

しかしながら諏訪家の残党が中心の先鋒隊は失地回復に燃えており

注意が必要かと。」


 「うむ、では先鋒に伝えよ。真っ向からやりあわず、なるべく弓矢を

使えと。」


 「ははっ。」


 こう言って伝令のむかで組が走っていった。


 「少々卑怯な手段では・・・。」


 信方がボソッとつぶやいたのを聞いた晴信は、


 「これによって味方の死者が減れば、正義である。」


 とつぶやき返した。


 この合戦から怒涛の連戦、転戦が続くことになり、

今後数年で武田家が拡大するか衰退するかの運命が決まるのである。


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