第11話 法度作りと息抜き
諏訪氏との戦に勝って諏訪を手に入れた晴信だが、その天文11年(1542年)も
年末に差し掛かったころ、
本来であれば戦もなく束の間のひと時を過ごせる時なのだが、
晴信は弟の信繁と一緒に書物室に籠って何やら壮大なものを作っていた。
「兄上、これを入れたらどうでしょう!」
「何々・・・、大水で流された橋は国のものであるから、
元の場所に掛けなおさなくてはならない。・・・良いではないか!」
「本当ですか!?」
「いかにも甲斐国の法度という感じだ。」
そう、今この場で兄弟が作っているのは法度、即ち領内の法律である。
一時期、あの追放騒ぎで関係が悪化しかけたこの兄弟だが、弟の信繁から
謝って寄ってきてくれたのだ。
こうして法度は間もなく完成というところまで来ていた。
「たまには石和の笛吹川にでも一緒に行かないか。」
三条夫人を誘った晴信だが、その狙いを見透かされた。
「こう言って気にかけている感を出しておいて、
実際は堤防工事の様子を見に行くのが目的でしょう。」
「う・・・。」
見事に手の内を読まれた晴信だったが三条夫人から意外な言葉が返ってきた。
「わかりました、たまには行きましょう。その代わり
着くまでは付き合ってくださいね。」
「え、あぁ、もちろん。」
ずっと籠りっきりだった晴信はゆっくりと歩みながら
久しぶりに外の空気を吸った。
「晴信様は大変ですね。」
「な、何だ、急に・・・。」
「人の上に立つ者・・・、つまり人の手本になる者として
過ちや怠慢は許されません。それは大変気を遣うところでしょう。」
「よくわかるな・・・。確かにそうだ。」
「私も生まれた時から公卿の三条家の一員として都の者の手本になる
立場でした。・・・晴信様と手本になるものは違えど、大変な生活でした・・・。」
「そなたも苦労したのだな。」
「当たり前です!それに今でも、なかなか来てくれないので苦労しています。」
それはそなたが人懐っこくないからだ、と思いながらも
三条夫人の魅力を気が付けば感じている晴信であった。
「あっ、川が見えてきました。」
「あれが笛吹川だ。」
眼前には水をたたえた笛吹川が悠然と流れ、その奥には大菩薩嶺などの
山々がどっしりと構えている。
「あなた様ならあの山々と大河、なれるならどちらになりたいですか。」
「・・・今、あなた様と・・・。」
「え・・・。」
顔を赤らめる三条夫人に構うことなく晴信は答えた。
「山になりたい。」
「な、なぜですか・・・?」
「川は暴れるからいやだ。」
「それ、本気で答えていますか!?」
「さぁ」
とぼけた晴信だがその視界に建設中の堤防が入った。
「行って来たらどうですか。私は待っていますから。」
「一緒に来ないか。」
「水にぬれるのは嫌です。」
「・・・わかった。」
こう言って晴信は川の方に向かっていった。
そして、それを見送る夫人の顔はとても爽やかな表情なのであった。
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