第10話 暗殺を阻む者

 (あの勘助が御屋形様を暗殺しようとしていると申しても

信じてもらえないであろう。)


 勘助のただならぬ殺気から晴信暗殺を感じ取った飯富虎昌はこう思っていた。

勘助の姿は一見、晴信に忠誠を誓っているようにしか見えないからである。

 だから、一番いいのは虎昌自身が勘助の邪魔をして、勘助に諦めてもらう

ことであると虎昌は思っていた。


 しかし、事態は今川家の新たな謀略によって大きく動き出すのである。



 「何っ、御屋形様を暗殺してほしい!?このわしが!?冗談じゃない、帰れ!」


 諏訪にある飯富虎昌の陣屋に今川の密使が来たのは勘助の毒殺失敗の

1週間後のことである。


 虎昌は追い返そうとしたが、その密使が耳元でとんでもないことを

ささやいてきた。


 「甲斐国の半分を虎昌殿に差し上げると義元様が申しております。」


 虎昌の動きがピクリ、と止まった。


 「何、それはまことか?!」


 「はい。武田領を全て当家が奪い取った暁には、と義元様が申しております。」


 これを聞いた虎昌の心はすでに今川家に掴まれてしまった。


 「だったら、考えてやってもいい。」


 「これは有難い。また来ますのでその時に返答を。」


 そういって密使は帰っていったが、虎昌が暗殺を実行するのは

ほぼ、確実であった。



 (何っ、このわしに代わってあの飯富の奴が任命されただと・・・!?)


 勘助は驚きを隠せなかった。


 それは飯富が今川方になるのは大歓迎だが、一番の大役を

領地でつられたようなやつに奪われるのは納得がいかなかった。


 (今川なんか、見限ってやる・・・!)


 そう決心した勘助だがこうなった以上、飯富がやすやすと

暗殺を成功させるのは許せなかった。


 「こうなったら真の武田の味方になって、飯富の奴に暗殺を諦めさせてやる。」


 勘助の心は燃えに燃えた。


 この日もまた諏訪攻略の作戦会議が開かれ、いつもの5人が集まった。


 信方や虎泰、晴信がいい雰囲気で意見を出し合うなか、虎昌と勘助は

バチバチだった。


 虎昌も勘助が何かしらの邪魔をしてくる可能性がある、と踏んでいた。

だが、勘助は足が不自由なため反対側にいる虎昌を襲うことはできない、

と思い武力での封じ込めはできないと踏んでいた。


 勘助もそこはどうしようもないため、予め作戦を練っていた。


 「虎昌殿、わしはこう思うがどう思う?」

 などと何かあるごとに虎昌に話を振った。


 この作戦は単純な虎昌には効果てきめんで、しっかりと答えないと

晴信に疑われると思った虎昌は頭を使って答えざるおえなくなり、

晴信を斬るための集中力が切れてしまった。


 さらに終了間際、勘助は晴信にこうお願いした。


 「諏訪を攻め取った後の作戦を御屋形様に相談いたしとうございます。

長い話になるやもしれませぬので、数日の夜に分けて、

できれば他の家臣は入れずに相談しとうございます。」


 「密室で話すほど重要な話なのだな。うむ、わかった。」


 こう言ったうえで晴信はしばらく、夜に本陣に極力近づかないよう

家臣たちに命じた。


 これで昼間は戦場にいて夜に陣屋に帰ってくる虎昌にとって、晴信との

接触機会がなくなってしまったのである。


 結局、晴信を暗殺できぬまま、好機であった諏訪出陣が終わったため、

虎昌は暗殺を諦めた。


 晴信は気づいていないが、自らを殺そうとしていた者に

結果として救われたのであった。

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