第9話 見捨てられた者

 信濃国諏訪には諏訪大社なるものがある。

古くより軍神としても崇められている諏訪大明神を祀った

信濃国の一宮である。


 この諏訪大社だが、神社の中でも珍しく現人神あらひとがみである大祝おおほうりを神様としている。

つまり諏訪大明神が大祝という人に乗り移っていて、その人を崇めるという

考えである。


 この大祝を代々務めているのが、諏訪郡の領主でもある諏訪氏である。


 武田晴信はその諏訪氏の当主、諏訪頼重を討たんとしているから本来なら

大変なことだが、頼重は実のところ領地をまとめる力を失っていた。


 頼重は政の力が乏しく、戦う前から家臣に見捨てられていたため、

武田家の諏訪攻略は順調に進んだ。


 しかし、なぜ晴信は諏訪を奪おうとしているのか、

信濃に出るだけなら甲斐から佐久地方に出ることも可能である。


 晴信が諏訪を狙う理由はただ一つ、領主の数の問題である。


 諏訪郡は諏訪氏が単独で治めているので、諏訪氏だけを倒せばいい。

だが、佐久郡は小さいながらも沢山の領主がおり、一つずつ倒すのは面倒である。

 実際に信虎が何年も佐久を攻めたがあまり結果は出なかった。


 しかも諏訪氏は家臣からの信頼を失っており、倒しやすい相手だったのだ。


 「上原城の攻略の状況はどうだ。」


 晴信は板垣信方に尋ねた。


 「順調にございます。落ちるのもあと早くて1週間程度かと。」


 信方は1週間と答えたが案外早く落ちた。


 諏訪頼重が居城である上原城から脱出したのだ。

頼重は後方の桑原城に逃げ込んだが、滅亡は間近であり武田軍は

諏訪家を完全に追い込んだのである。



 ここにも見捨てられた者がいる。


 ・・・山本勘助である。


 今川義元より期待されて送り込まれたわけだが、

目的である晴信暗殺を成せぬまま、時が過ぎており

今川家からほぼ見捨てられていた。


 勘助はあの後も何度か挑んだのだが、

全て飯富虎昌に邪魔をされて頓挫していた。


 (なんとか飯富のやつに会わないでできないか。)

 こう考えたがいつも晴信のそばには飯富が控えている。


 だが、諦められない勘助は毒殺を考えた。


 晴信のお膳を運ぶ裏方の女性を脅して毒を入れさせた。


 そして晴信のところに運ばれようとした時であった。


 「その煮つけを晴信様は好んでおられぬ。替えた方がよろしいぞ。」


 なんと、急に陣屋から出てきた飯富虎昌がよりによって毒の入った

煮つけを他の物に替えてしまった。


 (また飯富の奴・・・!)


 勘助は確信した。

飯富虎昌は勘助の計画を知っていると。

逆に知っていないで何度もこうなっている方が奇跡である。


 いつしか勘助の敵は晴信ではなく飯富虎昌になっていた。

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