第8話 今川の野望

 (諏訪への出陣の時が好機だ。)


 勘助はこう思い準備を進めてきた。

そして、今、勘助は陣触れを受けて躑躅ヶ崎館に向かっている。


 「今より出陣の準備に取り掛かり、7月1日にはここ古府中を出陣したい。」

「異論はないな。」


 「よし、7月1日に出陣し、上原城の諏訪頼重を討つ!」


 晴信は力強い口調で隣国、信濃国の諏訪郡上原城主諏訪頼重を討つ

と宣言した。


 そして、勘助は心の中で自分に対して宣言をした。


 (必ずや今川家のため、武田晴信を斬る・・・!)


 そう、勘助は駿河を出されたというのは嘘であり今でも今川家の一員である。

そして今川義元より下された密命は晴信暗殺だ。


 勘助自身も実行すれば殺されるのは確実だ。

それでも、勘助が今川家に尽くすには訳があった。


 前に言った通り勘助は足が悪い。だがら、戦場での戦闘では活躍できない。

でも、今川家は作戦を立てることや密使など、様々な場面で勘助の能力を

生かしてくれた。

 その恩は勘助の中に大きくあった。


 勘助は覚悟を決めて諏訪での自らの戦いに挑もうとしていた。



 「義元様、お話がございます。」


 今川家の重臣、太原雪斎が今川義元と密談したのは晴信による信虎追放の

1か月後のことである。


 「武田晴信を暗殺し、甲斐国を攻め取るのは如何でしょう。」


 「なんとまた・・・、恐ろしい話を。」


 義元はこう言いながらも、実は雪斎なら言ってくるだろうと予感していた。


 「暗殺に相応しい者は・・・、あやつか。」


 「そうです。勘助、山本勘助に他あらず。」


 当初、今川家は扱いやすい晴信を武田家の当主にして同盟関係を維持する

つもりだった。

 しかし、戦争状態のときに苦しめられた信虎を駿河に閉じ込め、いざ

晴信が当主になると昔に何度も攻め込んで奪えなかった甲斐国への野望が

再燃したのだ。


 (今ならいける・・・!)


 こう考えていた。


 甲斐国はお米の産出量が少ない国である。

でも、今川家が狙うには理由がある。


 ・・・金山だ。


 甲斐国内には無数の金山がある。

なかには、まだ掘っていない鉱脈もあるといい

今川家は昔からそれを狙っていたのだ。


 ここは国境付近の瀬沢というところだ。

ここに武田軍がひとまず陣屋を設けている。


 勘助は自らの陣屋でじっくりと好機を待っていた。


 すると、晴信からの使いが現れ、勘助とその他重臣3人が

本陣の陣屋に呼ばれた。


 (今しかない・・・!晴信を斬る!!)


 腹を決めて本陣に向かうと、使いの言った通り晴信に加え板垣信方、甘利虎泰、そして飯富虎昌の4人がいた。


 「諏訪攻略の作戦を立てたい。」


 晴信がこう話すと重臣たちは頭をひねったが、勘助は暗殺のことで

頭がいっぱいだった。


 刀の近くにそっと手を添えた勘助だが、ものすごい視線を感じた。


 ゾゾゾゾ・・・


 恐る恐る前を見ると、前のめりになった飯富虎昌がものすごい形相で

勘助を見ている。


 その姿をみれば、今にも刀を抜きそうな気がして仕方なく、

特にその視線は勘助を困惑させた。


 結局、機を逸してしまったため、勘助は斬るのを断念した。

勘助としては晴信を斬る前に自分が斬られる恐れがあり

リスクが高かったのだ。


 「どうしたのだ勘助、口数が少ないが元気がないのか。」。


 晴信にこう聞かれた勘助はこの場にいるのはまずいと考え


 「晴信様、少し体調が悪ろうござる。休憩をしとうござる。」


 「そうか、わかった。すまんな、こんな時に呼び出してしまってな。」


 「いや、こちらこそ重要な時に役に立てず、申し訳ない。」


 こう言って勘助は自分の陣屋に戻り、作戦を立て直すのだった。

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