第345話:ひと段落
四色の光が空を埋め尽くした。
それは大樹が放った四元素魔法、フォースターが魔王を撃ち砕き、完全消滅させた瞬間の光景だった。
四色の光は魔の森だけではなく、グランザウォールだけではなく、王都アングリッサまで、さらにはアデルリード国を超えて、全世界の空を包み込むようにして広がりを見せている。
人によっては天変地異が起きたと思う者もいただろう。もしかすると、魔獣による侵攻ではないかと警戒する者もいたかもしれない。
だが、今この瞬間だけは、周りの反応などどうでも良いほどに、魔の森やグランザウォールにいる者たちは空を埋め尽くしている光が、とても神々しいものに見え、ただただ空を眺めていた。
「……不思議です。あの光を見ていると、とても心が穏やかになります」
グランザウォールにある領主の屋敷、執務室の窓から空を見ていたアリーシャがそう呟いた。
桃李たちが魔の森へ魔人討伐に向かったあと、アリーシャは執務室で自分にできることをただひたすらに取り組んできた。
それは何もしていなければ、嫌な想像だけが頭の中に浮かんできてしまうからだ。
彼女は知らない。魔人ホルモーンだけではなく、魔王が現れたことを。
だが、結果としてそれは良かったのかもしれない。
きっとアリーシャが魔の森に、あの場にいたならば、桃李は彼女を守るため、自由に動くことができなかったはずだからだ。
そしてアリーシャも、桃李に命の危険が迫っているとなれば、その身を挺して守りに行くべきか、グランザウォール領主として犠牲を受け入れるのか、その辛い選択を強いられて心に深い傷を負ったことだろう。
桃李にとっても、アリーシャにとっても、いつの間にかお互いの心を支え合うような、とても大きな存在になっている。
「……あら? 門の前に、人が集まってる?」
窓から見えるのは空だけではなく、屋敷の門も視界には入っていた。
そこに伝令役の兵士がやってきており、門番が彼とのやり取りで驚いて頭を抱えたり、喜んで飛び跳ねたり、様々なリアクションを見せている。
「きっと、何かあったのね!」
魔の森には桃李だけではなく、弟のグウェインもいる。
それだけではなく、友人になってくれた円やユリアや新、それにグランザウォールを守る兵士たちや冒険者たちだっているのだ。
アリーシャはすぐにでも話を聞きたいと執務室を飛び出すと、行儀など忘れて廊下を走り抜け、そのまま外に出て門の前へ向かう。
「ア、アリーシャ様!」
「なにがあったのですか!」
「実は、その、私も何から説明していいのやら、なんやらで……」
門番の男性が困惑しているのを見て、アリーシャは視線を伝令役の兵士に向ける。
「トーリさんやグウェイン、みんなは無事なのですか?」
「はっ! 皆さん、無事だと聞いております!」
「そうなのね! ……あぁ、よかったわ」
「また、魔人を討伐後に魔王が襲来!」
安堵の息を吐いたアリーシャだったが、直後に報告された『魔王襲来』という言葉を聞き、真っ青になりながら顔を上げる。
「……え? ま、魔王、襲来?」
「はっ! ですがこちらもトーリ様や、戻られたタイキ様のご活躍により、討伐されたと聞いております!」
「…………えっと……え? ごめんなさい、あまりにも情報過多で、頭の整理が追いついていないわ」
ここに至り、門番があたふたしていた理由が理解でき、アリーシャもまったく同じ状態になっていた。
「……まず、トーリさんたちは魔人を倒しに魔の森へ行ったのよね?」
「はい!」
「そして、魔人は倒せたけれど、魔王がやってきたと?」
「はい!」
「……さらに、呪いで眠りについていたタイキさんが戻ってきていて、トーリと一緒になって魔王を討伐しちゃったの?」
「はい! その通りであります!」
「…………なんでそうなったの?」
青ざめていた表情はすでに、困惑顔に早変わりしている。
最後のアリーシャの質問に対しては、伝令役の兵士もどう答えていいのか分からず、答えに迷っているように見えた。
「あぁ、いえ、ごめんなさい。答えを求めての言葉じゃなかったの。伝えてくれてありがとう」
「はっ! それでは失礼いたします!」
アリーシャの言葉を受けて、伝令役の兵士は駆け足で魔の森の方へと去っていく。
「あなたも対応ありがとう」
「とんでもありません! ですが……今の話、本当なのでしょうか?」
あまりに現実味がない話に、門番も困惑顔を隠せない。
「おそらく本当でしょう。だって、トーリさんなんだもの」
そう答えたアリーシャは、軽く手を振りながら屋敷へと戻っていく。
そして、自室に戻るとそのままベッドへ横になり、顔を枕で覆うと――
「何がなんだか分からないのよ! 魔王って何よ! 無茶し過ぎなんですよおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
これでもかという大声で、思いの丈を爆発させた。
「…………でも、無事でよかった。……本当に、よかった」
その後、誰もいない屋敷の中には、アリーシャが心底の安堵から漏らしたすすり泣く声が響いていたのだった。
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