第268話:勇者と剣聖と鑑定士 9

「……はは、マジかよ」

「マジだな」


 驚きを隠し切れていないギースさんが呟くと、右足をどけた新がそう口にしながら右手を差し出した。


「……あんた、強いな」

「まだまだだがな」

「はっ! これでまだまだときたか!」


 先ほどまでの驚いた表情はどこへやら、ギースさんは快活な笑みを浮かべながら新の右手を取ると、そのまま立ち上がって肩に腕を回した。


「どうだ、あんた! こっちで冒険者として活動しないか? 俺が推薦してやるぜ?」

「すまんが、俺にも目的があるからな。それと、俺はあんたじゃなくて新だ」

「似たようなもんじゃねえか!」


 あんたに新……確かに、一文字違いだな。


「だがまあ、そうだな! アラタ、それじゃあ目的を達成したら、またこっちに来い! そん時は負けねぇからよ!」

「……考えておこう」

「おう! そうしてくれ!」


 ……えっと、そっちはどうやら打ち解けたようだが、俺たちはオズディスに入れるのだろうか。


「模擬戦はアラタ様の勝利ですね。ラグダさん、いかがでしょうか?」

「え? あ、あぁ、そうですね」


 ライドさんが改めて確認を取ると、ラグダさんは腕組みをしながら考え始めた。


「……アラタ様の実力を考えれば、確かに魔獣を従魔にするというのも頷けます。ですが、そちらの魔獣はどなたの従魔なのですか?」

「トウリ様……まあ、従魔の隣に立っている彼です」


 ハクに関しては問題なしとなったようだが、次の問題はサニーのようだ。

 だが、ここで一つの問題が生じてしまう。

 もしも俺まで模擬戦をとか言われると、俺ではギースさんに勝てる気がしない。

 魔力だけなら彼を上回っているが、魔法を使えるわけではなく魔導具頼り。

 他のステータスは完全に下回っているし、何より場数が違うだろう。翻弄されて負けるのが目に見えている。


「ふむ……わかりました、いいでしょう」

「ありがとうございます」


 ……え? いいの? 俺は特に何もしなくて?


「アラタ様の実力は確かですし、彼もそうなのでしょう。それに何より、女性や子供を追い出すのは気が引けますしね」


 女性に……子供?


「……あ、僕か」


 そうだった、森谷は見た目が子供だったな。


「他の面々にはイリーナが説明に言ってくれていますので、そのままご案内いたしましょう」


 ラグダさんがそう口にして歩き出すと、その後ろを俺たちもついていく。

 その間、ギースさんはずっと新に絡んでいたが、新も嫌そうな顔をしているが本気で引き剥がそうとはしておらず、なんだかんだ話が弾んでいる。

 今までは周りにギースさんみたいなグイグイ来る人がそこまでいなかったから、新としても楽しいのかもしれない。


「……やっぱり、ラノベ好きなんだなぁ」


 ……俺も、あんな感じで楽しみたいぞ! 絶対に強くなってやるんだからな!


「どうしたんだい、桃李君?」

「あー……いや、新が羨ましいなって思ってたところだ」

「御剣君が?」

「俺もああやって冒険者みたいなことをして、自由にこの世界を楽しみたかったなーってね」


 鑑定士という職業が嫌いなわけではないが、ラノベであれば鑑定もできて強い主人公! みたいなのがいてもおかしくはない。

 一方で俺は鑑定スキルはチートだが、自身の実力はそうでもないのだ。


「今の真広君は、自由に旅をできているんじゃないのかしら?」

「そうですか? ロードグル国へ向かうのだって、理由があってのことですよ?」

「でも、自分で決めて向かっているんだろう? だったら自由とそう変わらないんじゃないかな」


 ……言われてみれば、そうかもしれない。


「僕なんて、ずっと一所に縛られて、魔の森へ行って、裏切られてみたいなことをしていたから、みんなのことが羨ましいけどねー」

「あ……その、すまん」


 森谷にそう言われてしまい、俺は思わず謝罪を口にした。

 だが、森谷はニコニコしたままで特段怒っているようには見えなかった。


「謝らないでよ。そんな君たちのおかげで、僕はようやく自由になれたんだからね。そして、自分で君たちと一緒にいることを選んだんだ」

「……それも自由だからできること、ってわけか?」

「そういうことだよ」


 ……そうだな。うん、確かにその通りだ。

 誰かを羨むのではなく、今の俺をしっかりと楽しみながら選んだことを全うすることが大事なんだ。


「僕、いいことを言ったんじゃない?」

「……最後のそれがなかったら、もっとよかったんだけどな」

「あはは! まあ、いいじゃないか!」


 そうこうしていると、俺たちはオズディスの門の前に到着し、ラグダさんの許可をもって中へ足を踏み入れたのだった。

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