第213話:温泉とおもてなしと騒動と 14

「よーし! 次はハク殿だな!」


 一度休憩を挟んでかと思いきや、騎士団長は休むことなくハクとの模擬戦を所望してきた。


「本当に大丈夫ですか、騎士団長?」

「構わん! 戦場では万全の状態を敵が待ってくれるわけがないのだからな! 練習も実戦と思わなければ強くはなれん!」


 間違ってはいないんだけど、模擬戦なんだから万全の状態でやらないと実力差とかわからないのでは?

 俺は疑問に思いながらも、どうやらハクもやる気のようなので止めないことにした。

 このままハクが勝つだろうと思っているし、騎士団長がここで満足してくれることを願ってもいる。

 これ以上俺やサニーを巻き込んでもらいたくないのだ。


「もうあれだな。騎士団長って、模擬戦症候群じゃないのか?」

「ちょっと違うわね」

「そうなのか、ユリア?」

「団長のあれは、強者症候群よ」

「つ、強者症候群って……でも、間違ってはいないか」


 模擬戦症候群なら騎士団の団員を相手に毎日でもやっていそうだもんな。特に副団長なんかは騎士団長に次ぐ実力者なのだから面倒極まりなさそうだし。


「ここで気絶までしてくれたら最高だな」

「真広、お前ってなかなか酷いことを言うんだな」

「だって、巻き込まれたくないし。なー、サニー?」

「ピキャー!」


 呆れ顔の新だが、俺としては自分が巻き込まれないことが大事なのでそう思うくらいは許して欲しい。

 そうこうしている間にハクが訓練場の中央で騎士団長と向かい合う。

 フォスは激戦を繰り広げた騎士団長を応援すべきか、仲間であるハクを応援するべきか悩んでいるようで、視線をずっと左右に向けている。

 この一人と一匹は、やはり何かを感じ合ったみたいだな、うん。


「それでは模擬戦を始めます。模擬戦――開始!」

「ガウアッ!」

「ぬおっ!」


 開始の合図と共に前へ出たハクは、前脚を鋭く振り抜く。

 騎士団長は反応してみせたものの、それは間一髪といった感じで受け止めると同時にたたらを踏んでいる。

 態勢を崩したと見るや、ハクはさらに追撃を仕掛けるために前へ出た。


「ふんっ!」

「ガルラッ!」


 そうはさせまいと大剣を振り下ろした騎士団長は地面を穿ち、大量の砂煙を舞い上げて目くらましにした。

 しかし、この程度でハクが相手を見失うことはなく、むしろ砂煙の中心にいる騎士団長からこちらを見ることができないだろうと冷静に動いているようだった。


「ハクは足音を消して移動しているな」

「えぇ。団長の背後から攻撃するつもりでしょうね」

「だが、ヴィグル様もそれを読んでいるんじゃないのか?」


 俺の呟きにユリアと新がそれぞれの意見を口にしていく。

 そして、二人の意見はどちらも当たっていた。

 素早く移動し騎士団長の背後を取っただろうハクだったが、砂煙の中へ突っ込もうとした途端、その中から鋭い剣筋が切り上げられて砂煙は吹き飛ばす。

 そのまま突っ込んでいればハクを捉えていただろうが、ハクはさらにその先まで予想していたようだ。


「むっ!」

「グルル……ガルアアアアッ!」


 切り上げが放たれるタイミングで小さくバックステップを踏み回避したハクは、着地と同時に再び前へ出た。

 今まで見せた中でも最速の加速で一直線に突っ込んでいき、騎士団長の胸部目掛けて頭突きを放ったのだ。


「ぐはあっ!?」


 あまりの威力に苦悶の声を漏らした騎士団長は、そのまま背中から訓練所の壁に叩きつけられ、勝負ありとなった。


「勝者――ハク!」


 壁際で模擬戦を眺めていた騎士たちからは歓声があがり、その間副団長は騎士団長の下へと向かい状態を確かめていた。


「……全く、本当に頑丈ですねぇ、ヴィグル様は」

「うむむ……がはははは! いやはや、ものすごい突進だったな!」


 おいおい、笑い声がこっちにも聞こえてきたぞ。


「これが模擬戦でなければ、俺は死んでいたな!」

「でしょうね。頭突きではなく牙が首を捉えていたでしょうから」


 ……こわっ! でも、実戦なら確かに首を噛み付かれていたんだろうなぁ。

 レベル差を跳ね返してフォスに勝利した騎士団長だったが、やっぱりハクには敵わなかったか。


「……あの人、本当にすごいね!」

「負けてなお強しってやつか?」

「そうだよ! ハクを相手にあれだけ立ち回れるとは思わなかった! あれは下剋上スキルの効果だけではなく、自らをしっかりと鍛錬して手に入れた強さでもあるんだろうね!」


 これだけ興奮した森谷は久しぶりに見たかも。

 何百年もの間を生きてきた森谷に認められるだなんて、騎士団長……化け物だな、うん。

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