第154話:グランザウォール 3
桃李たちが転移してからというもの、グランザウォールでは様々な動きが行われている。
最初は救助隊を結成しようという動きがあったものの、メールバードによって情報を得られた事からそれはなくなり、代わりに開拓地の維持に力を注ぐ事にした。
しかし、実際問題として戦力が足りず、最悪の場合は開拓地を下げるしかないと考えていた時である。
「――ハルカさんですか?」
レレイナからの進言を受けて、アリーシャは考えを巡らせた。
桃李、円、新という戦力を失い、開拓地の維持が困難になっている状況で、三人と同等の戦力を補充する事は不可能と言っていい。
何故なら、彼らは一時的に能力を上げる果物を使った戦力であり、その時のステータスと同等の者など、世界中を探しても数えるくらいしかいないからだ。
だが、春香であれば果物を食べる事もできれば、異世界人でレベルも高く、三人が抜けた穴を一人で十分に埋める事ができてしまう。
「……分かりました。レレイナ様、転移の祠からシュリーデン国へ向かってもらってもいいですか?」
「はい!」
泊まり込んでいる宿場町の宿屋にて決定を下すと、レレイナは駆け足で転移の祠へと向かった。
「……お願いします、ハルカさん。私たちを、助けてください」
春香が願いを聞き届けてくれるかは彼女次第。しかし、新たなシュリーデン国の国王が異世界人たちを重要な戦力だと見ているのもまた事実だ。
厳密に言えば異世界人は本人が希望しなければその国の国民にはなり得ない。だから、国に指示をされなくとも動く事ができるのだが、多くの異世界人が前シュリーデン国王のゴーゼフに操られていたせいもあり、何名かは考える事を放棄している者がいた。
春香はそんな生徒たちの世話を焼き、必死になって普段の彼ら彼女らに戻るよう努力をしている。
そんな中で、生徒たちを置いてこちらに来てくれる可能性は限りなく低いと考えていたのだ。しかし――
「……あ、あの、アリーシャ様?」
「どうしたんですか、レレイナ様? 転移の祠に向かったのでは?」
「えっと、そうなんですけど、実は――うわあっ!」
「真広君たちは大丈夫なの!?」
「ハ、ハルカさん!?」
先ほど飛び出していったレレイナが戻ってきたかと思えば、目的の人物である春香がその後ろから血相を変えて飛び込んできた。
さすがに予想できなかったのか、アリーシャは口を開けたまましばらく固まってしまう。
「……ア、アリーシャさん?」
「はっ! す、すみません、ハルカさん。その、驚き過ぎてしまって……」
話を聞くと、どうやら春香は定期連絡としてシュリーデン国へ向かっている騎士たちの会話が聞こえてしまったようで、急ぎ手続きを済ませてようやく宿場町に転移できたのだとか。
「それで、桃李君たちは? いつになったら戻ってくるんですか!」
「お、落ち着いてください、ハルカさん! これ、トウリさんたちからの手紙です」
「……手紙?」
メールバードで送られてきた手紙を見た春香は、その筆跡が間違いなく円と新のものであると分かりホッと胸を撫で下ろす。
「よかった、八千代さんと御剣君の文字だわ。真広君の文字はないみたいだけど……まあ、面倒くさくなっちゃったのね」
手紙をアリーシャに返しながら苦笑する春香。そんな彼女を見ながら、アリーシャは本来の目的である協力要請をお願いする事にした。
「ハルカさん!」
「どうしたの、アリーシャさん?」
「実は、トウリさんたちが転移する前に開拓した開拓地の維持が難しくなってきています。私たちはハルカさんに援軍をお願いしようと思っていました」
「いいわよ、やりましょう」
「無理なお願いである事は重々承知しているのですが、どうかお力をお貸し……願えない、かと…………いいんですか?」
話の途中で了承を得られたせいで言葉が止まらず、最終的には確認をするという変な形になってしまう。
しかし、春香は優しく微笑むだけで協力は惜しまないと口にしてくれた。
「真広君たちも、私にとっては可愛い生徒だもの。ピンチの時に助けない先生にはなりたくないからね」
「でも、シュリーデン国にいる生徒方か?」
「事情は簡単にではあるけど、説明しています。みんな、快く私を送り出してくれました。だから安心してください」
最後にニコリと笑みを浮かべると、アリーシャは肩の力が抜けたのか、突然涙が溢れてきた。
「……あ、ありがとう、ございます!」
「頑張っていたのね。大丈夫、私も全力でアリーシャさんを助けるからね」
「……はい……はい、ハルカさん!」
そっと抱きしめられたアリーシャは、久しぶりに大泣きしてしまった。
――その後に届いた返信分が入ったメールバードでは、春香が援軍として来てくれた事を記したものの、泣き崩れた事は誤魔化された。
さらに春香も三人が心配で飛び出してきたとはなかなか書けず、最終的にはレレイナが呼びに来てくれたという体で手紙を書き終えた。
飛んでいくメールバードを見送ったアリーシャと春香は、顔を見合わせるとくすりと微笑み合っていたのだった。
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