第126話:自由とは程遠い異世界生活 61

 すぐに戻れると思っていたものの、ディートリヒ様に仕事を投げられてなかなかグランザウォールに帰れなかった。

 しかし、ようやく帰れる時がやってきた。


「――ううぅぅぅぅん! ……あぁぁ、疲れたぁぁ」

「お疲れ様でした、マヒロ様」

「それを仕事を投げていたディートリヒ様が言いますか?」

「がははははっ! 少年には体力が足りんな、体力が!」

「自分を基準にしてはどうしようもありませんよ、ヴィグル様」


 俺が辟易した声を漏らすと、騎士団長が大声で笑いだした。まあ、体力では絶対に勝てる気がしないので何も言わないでおこう。


「先生は本当に残るんですか?」

「えぇ。でもまさか、近藤さんも戻るとは思わなかったわ」

「私の場合はあっちに円がいますから。もし、円がこっちに来たいって言うなら私も一緒に来ますよ」


 今回の転移でアデルリード国に戻るのは俺、ディートリヒ様、騎士団長と副団長、そしてユリアだ。

 先生はこちらに残り、レレイナさんはまだまだ戻ってくる騎士がいるのでしばらくは残るが最後の便で戻ってくる手はずになっている。


「クラスメイトでこっちに来たいって奴がいたら連絡してください。くれぐれも、いきなり転移なんてさせないでくださいね?」

「分かっているわ。私としても、危険に晒したくはないからね」


 先生がクラスメイトに説明をしたようだが、全員がシュリーデン国側に残るという事になった。

 中にはシュリーデン国側から外に出て自由を謳歌するんだ! とか言っている奴もいたらしいが、それはそれで頑張ってもらおう。

 ある程度レベルも上がっているようだし、上級職や中級職の異世界人なのだから相当な下手さえ打たなければ生き残れるだろうしな。


「それでは、そろそろ転移魔法陣を発動させますね」


 レレイナさんの声で俺たちは転移魔法陣の上に移動した――その時である。


「真広!」


 俺を呼ぶ声に振り返ると、そこには旅支度を整えた新が立っていた。


「御剣君、どうしたの?」

「……俺も、連れて行ってくれ、真広」

「えっ! ……でも、神貫君の事はどうするの?」


 驚きの声をあげているのは先生なのだが、新の選択には俺も驚いていた。

 付き合いの長さでは明らかに俺よりも生徒会長との方が長い。こちらに来るメリットが感じられないのだ。


「……俺は、近藤に一撃で気絶させられたんだよな?」

「え? まあ、そうだね」

「……お前たちがここにいる間、レベルで言えば俺の方が高かったはずだ。それなのに俺は一撃でやられてしまった。……それだけのレベル差があるって事だと俺は思っている」


 その考えは間違いではない。

 ユリアは魔の森の魔獣を大量に倒してきている。レベルの上がり方はここにいた頃とは比べ物にならないはずだ。


「正直、ここに残ったとしても俺は光也を助ける事なんてできないと思っている。なら、近藤が強くなった方法を探るためにも真広についていった方がいいんじゃないかと思ったんだ」

「……まあ、こっちに来たら否応なく働いてもらうからな。レベルは自ずと上がると思うぞ?」

「勝手なお願いだという事は理解している。しかし、俺はどうしても光也を見捨てる事ができない。……俺のレベル上げのためにも、連れて行ってくれないか、真広?」


 ……いや、俺に言われても。


「来たければ勝手に来たらいいと思うぞ?」

「ちょっと、真広君!」

「……いいのか?」

「いいも何も、俺に決定権なんてないしな。俺としては特級職の新が来てくれると助かるし、レベルが上がるまでって言うけどそれまではこっちの力にもなってくれるわけだろ?」

「俺が力になれるなら」

「なら、それで十分だ。いいですよね、ディートリヒ様?」


 俺に決定権がないとはいえ、国内に特級職が入るわけだから宰相のディートリヒ様には確認が必要である。


「私も構いません。ですが、一つだけ約束をしていただきます」

「……なんでしょうか?」


 新がゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。それだけ緊張しているという事だ。


「……マヒロ様の力になってあげてください」

「……え? そ、それだけ、ですか?」

「はい」


 キョトンとした顔をしている新に対して、ディートリヒ様は『はい』と返事をしただけだった。


「……まあ、そういうわけだから、こっちに来いよ、新」

「……あ、あぁ」


 困惑からまだ立ち直れていないようだが、こういうのも慣れだよな、慣れ。アデルリード国に行けばもっと驚く事が待っているだろうし。


「それでは、今度こそ発動させますね」


 改めてレレイナさんがそう口にすると、転移魔法陣が輝き出した。


「今度は私もそっちに遊びに行くからね!」

「待ってますよ、先生!」


 先生が大声でそう口にしたので、俺は大きく手を振ってそれに応える。

 そして――俺たちはようやくアデルリード国に、グランザウォールに帰ってきたのだった。

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