第70話:自由とは程遠い異世界生活 10

 何がどうなってそうなったのか、俺たちはとりあえずレレイナさんの説明に耳を傾けた。


「陛下もシュリーデン国の所業には目に余るものがあると常々思っていたようで、今回の転移魔法陣の発見は殊の外お喜びだったようです」

「私にはそんな風には見えなかったのですが?」

「人前で感情を露にするのはあまりよろしくないのだそうです」


 冷静に話をしているレレイナさんは、とても優秀な人物に見える。

 ……これ、マジでラッキーな人選じゃないのか?


「さらに、シュリーデン国内でもゴーゼフ王の統治に不満を抱いている領主は多いそうで、力のある領主に働きかけを行っているそうですよ?」

「……えっと、それはつまり?」

「ゴーゼフ王を討ったとしても、シュリーデン国で大きな混乱などは起きないと思われます」


 レレイナさんの言葉に円はとても喜んでいる。

 だが、これは諸手を挙げて喜んでも良い事なんだろうか。


「……ねえ、円。気づいてる?」

「え? 何に?」

「円はクラスメイトを助けられるって喜んでいるみたいだけど、下手をしたらクラスメイトと殺し合う事になるかもしれないんだよ?」

「……え?」


 あちゃー。やっぱり気づいていなかったか。

 ユリアは気づいているみたいだったけど、そうならちゃんと説明していて欲しかったな。

 この役回り、絶対に恨まれるというか、面倒な役回りだから。


「ユリアはみんなが操られているみたいだったって言っていたけど、大本を断つ前にみんなと対峙したらどうなる? 攻撃を仕掛けられるよね?」

「そ、そうなったら、逃げて大本を断てば……」

「じゃあ、その大本って誰? ゴーゼフ王なの? 違ったらどうする?」

「……と、桃李君の鑑定で」

「確かに鑑定で探し出せるかもしれない。でも、それじゃあ答えになってないよ。クラスメイトと対峙したら、ただ逃げるだけ? もし逃げられない状況だったら、円はどうするつもりなの?」

「そ、それは……」


 ……答えは、出ないか。


「あ、あの、トウリ様? もし中枢を攻め落とすとなれば、王都から実力者が集められます。何もマドカ様が戦う必要はないのですが……」

「違うんですよ、レレイナさん。円は俺たちと同じ異世界人を助けたいと思っているんです。だから、他の人に殺してもらうでは意味がないんですよ」

「あ……そう、ですよね」


 円の言った通り、俺ならシュリーデン国に転移した後に鑑定スキルで操っている大本を見つけ出す事は可能だろう。

 だが、絶対にクラスメイトと対峙せずに辿り着けるという保証はできない。

 それに、中には操られているかどうかの有無にかかわらずシュリーデン国側に手を貸している奴だっているかもしれない。

 そうなれば、助けたと思って背を向けた途端に攻撃される事だって考えられるのだ。

 その全てにおいて鑑定が使えれば対応はできるだろうけど、やろうとしているところを攻撃されては意味がない。

 最悪の展開を考えておかなければ、戦争なんてやってられないのだ。


「円は最悪のパターンを考えなさ過ぎだ。もし最悪のパターンになった時、自分がどう動き、何を選択するのかを決めておいた方がいいと思うよ」

「……少し、失礼します」

「あっ! ちょっと、円!」


 ……きつく、言い過ぎたかな。

 いや、これくらい言わないと円は冷静になれないだろう。一つのことに集中すると、周りが見えなくなる奴だからな。

 申し訳ないが、後はユリアに任せよう。俺なんかよりも慰めてやれるだろうし。


「……あの、トウリさん」

「ごめんな、アリーシャ。勝手に話をしてしまって」

「いえ、そんな事は」

「あの、私もすみませんでした。皆様の立場も考えずに、陛下のお言葉をお伝えしてしまって」

「そんな事ないですよ。とても有益な情報でしたから」


 応接室の空気が一気に重くなってしまった気がする。


 ――パンパンッ!


 そこに響いてきたのは、手を叩く音だった。


「はいはい! みんな元気を出しなさいよ!」

「……秋ヶ瀬、先生?」


 そういえばいたよね、先生。一言も喋らないからすっかり忘れてたよ。


「あれ、真広君。今、私の存在を忘れてたでしょ?」

「あー、いやー……すみません」

「いいのよ。みんながどんなやり取りをするのか、見ていただけだもんね」


 ニコリと笑いながらそう口にしてくれた先生だが、俺は先生なら別の何かを提案してくれるのではないかと期待してしまった。


「先生は、どうしますか?」

「どうって、みんなを助けるかどうかって話?」

「はい」

「当然、助けるわよ!」


 まあ、先生だもんな。

 魔の森で再会した時も、生徒を守るのが先生の役目だって張り切っていたし。

 だが、そんな先生でも選択をする時は訪れるだろう。


「それじゃあ、どうしても対峙する事になったら、先生はどうしますか?」

「それはもちろん――殺されるでしょうね」

「……え?」


 殺すじゃなくて、殺される?


「先生が生徒に手を掛けるなんて、絶対にしたくないもの」

「でもそれじゃあ、先生が死ぬことになるんですよ?」

「そうなのよねー。結婚くらいはしたかったかなー」

「……いいんですか?」

「こんな世界に来ちゃったからね。生徒を守るためなら、その覚悟はできているわ。それでも、できる事はやるつもりよ」


 俺は先生に頭を撫でられながら、何も言い返す事ができなかった。

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