第40話:本当によくある勇者召喚 36

 さて、ここで一つ気になったのは魔獣の素材である。

 レベル上げでリコットさんが倒したブルファングはその場で解体して持ち帰っていたが、今回はそのような時間はない。

 無駄な部位を放置するとその肉を狙って魔獣が集まってしまうので、焼いてしまうのが普通なのだが……正直もったいない気がする。

 そう思っていると、アリーシャが魔獣の死骸に近づき魔法鞄を近づけた。すると――


「うわあっ!」

「うふふ、驚きましたか?」

「……ほ、本当に、吸い込まれていくんだな」


 魔法鞄の口はウエストポーチということもありとても小さく、魔獣を詰め込めるサイズではない。

 どのようにして入っていくのかと思っていたら、まるで掃除機が吸い込むような感じでズズズズと音を立ててすっぽりと入ってしまった。


「中のものは形が変わったりしないんですか?」

「大丈夫です。取り出すと中に入れた時の形に戻りますから。ほら」


 そう言いながらアリーシャは先ほど中に入れたキングベアを取り出した。

 姿形は全く変わっておらず、本当に便利な鞄だなと改めて実感する。


「それでは急ぎ向かいましょう」


 ヴィルさんの言葉を受けてキングベアが再び魔法鞄の中に戻される。


「分かりました、こっちです」


 そして、俺は再び道案内を行いながら魔の森へと向かった。


 ※※※※


 魔の森の入り口が俺たちの視界にも見えてきた。

 そこで一度立ち止まるよう指示したのだが、そうしなくとも二人とも立ち止まっている。


「……お、大きいですね」

「……まさか、この目で見ることがあるとは思いませんでした」


 ヴィルさんとアリーシャが驚愕しているこの魔獣こそ、俺にブレスを吐きかけた張本人であるドラゴンだ。

 鑑定してみると、当然ながらちゃんとした名前が付いていた。


「あいつは、クイーンドラゴンだな」

「「ク、クイーンドラゴン!?」」


 おや、どうやら相当ヤバい魔獣みたいだな。


「……ドラゴンの中にも序列があります。細かな説明は省きますが、クイーンと名の付くドラゴンの序列は上から二番目なのです」


 上から二番目って、めっちゃヤバい魔獣じゃないですか!


「……あ、あれとは絶対に戦ったらダメですね。レベルも80ありますし」

「いや、相手がドラゴンならレベル1であっても逃げるべきですよ」

「ドラゴンのレベル1は人間のレベル10相当だと言われていますからね。まあ、生まれたばかりのドラゴンの近くには必ず親がいますから近づけませんけど」


 アリーシャが補足してくれたけど、ドラゴンになんて近づきたくないので今の知識は頭の片隅にでもそっと置いておこう。


「ここからドラゴンが飛び立ったら、魔の森に侵入します。その先には魔獣がいないので全力で走り抜けても大丈夫です」


 俺の説明からしばらく無言の時間が続いたのだが、ようやくその時がやって来た。


「……飛び立ちます!」


 ドラゴンが翼を大きく羽ばたかせると、結構な距離があるにもかかわらずこちらまで強烈な風が押し寄せてきた。

 吹き飛ばされないように足に力を入れて踏ん張っていると、人間の数百倍はある巨体が浮き上がりそのまま魔の森の奥の方へと飛んで行く。


「……よし、行きましょう!」


 俺が合図を送ると、二人はハッとした表情を浮かべて立ち上がる。

 リコットさんとライアンさんは――あれ?


「ちょ、ちょっと待ってください!」

「どうしたのですか、トウリさん?」


 ……おいおい、マジかよ!


「計画変更です! 二人が――移動しています!」


 俺がそう口にすると、鑑定スキルで表示されていた案内が急に文字化けし、内容が一新されて表示された。


「くそっ! やっぱり、検証できていないのが仇になったか!」


 だが、今はそうも言っていられない。

 成功率はいまだに10%のままなのだから失敗したわけではない……はずだ。

 新しい攻略法に目を向けると、自分の安全を気にすることなく駆け出した。


「こっちです!」

「本当にそっちでいいのか?」

「お願いします、信じてください!」


 ヴィルさんは俺を信じていいのか不安に思っていることだろう。俺だって自分の職業に自信を持てないのだから仕方がない。

 だが、魔の森を目の前にして熟考している時間なんてないのだ。


「アリーシャ!」

「行きます! ヴィル、今はトウリさんを信じましょう!」

「……分かりました!」

「ありがとうございます!」


 このままではいけないと思いながらも、俺は足を止めることなく進んで行く。


(これは、近いうちにヴィルさんにも俺の職業について伝えないとだな)


 俺はそんなことを考えながら、懐かしき魔の森へと到着した。

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