第38話:本当によくある勇者召喚 34

 部屋から遠ざかったのを確認した俺は、アリーシャに職業のことを質問することにした。


「アリーシャ。一緒に行動するなら、ヴィルさんにも俺のスキルについて伝えておいた方がいいんじゃないですか?」

「そうかもしれませんが、それとこれとでは話が違います。私は兵士長とリコットちゃんも大事ですが、トウリさんのことも守りたいんですよ」

「でも、ヴィルさんは信用できる人物だと思いますが?」


 今日会ったばかりの人物を信用するのはどうかと思うが、これも鑑定でヴィルさんのことを見た結果なのだ。

 実を言えば、ヴィルさんだけではなく部屋の中にいた全員を鑑定していたのだが、その中にはあまりよろしくない情報が含まれている者がいた。

 一番最初にアリーシャへ声を掛けてきた髭面強面さんなのだが、名前の後ろに括弧書きでと表示されていたのだ。

 どこの誰か分からない俺に対して敵意を持つのは当然なのだが、ヴィルさんにはその表示が出ていなかった。

 屋敷で一度顔を合わせたからと言って簡単に信用できるものではないだろうに、それにもかかわらずヴィルさんには表示が出なかったのだ。

 俺は自分の職業を信じるなら伝えてもいいと思っている。


「ヴィルは信用できます。ですが、今はまだ早いでしょう」

「……分かりました」


 しかし、アリーシャからは許可が出なかった。


「それにしても、先ほどの攻略法で本当に助かるのですか?」

「まあ、成功率は10%と表示されているのでだいぶ低いんですけど、全員が助かる方法としては一番高いかと」

「……じゅ、10%ですか」


 うん、低いよね、不安になるよね、とても分かります。


「まあ、工夫も何もないですからね。ポーションで回復させてさっさと逃げるなんて攻略法は」

「……裏を返せば、工夫をしたところで意味がないということですか」

「そうかもしれませんね。でも、絶対に成功させてみせますよ」


 俺は慰めるかのようにそう口にしたのだがこれ以外に方法が……いや、別の攻略法もあるといえばあるのか。


「アリーシャ、一つ伝えておきたいことが――」

「ヴィルが戻ってきたみたいですね」


 俺が話を伝える前にアリーシャが言葉を発し、数秒後にはヴィルさんが部屋に戻ってきた。


「これで問題ありませんか?」

「確認しますね。……えぇ、大丈夫です」


 持ってきてくれたポーションは全部で10本。


「これだけあれば、私たちが怪我をしたとしても全然足りますね」

「アリーシャ様は私が絶対にお守りします!」

「うふふ、ありがとう、ヴィル」

「はっ!」


 お礼を口にしながら、アリーシャは黙々とポーションを魔法鞄に入れていく。

 アリーシャの魔法鞄は腰のベルトに下げている地味なウエストポーチだった。

 女性が持つならもっと華美に彩った美しい鞄を想像していたのだが、動き回ることを想定して作られたような鞄だったことに俺は驚いていた。

 その様子に気づいたのか、アリーシャは苦笑しながら魔法鞄について教えてくれた。


「これはお父様が使っていた魔法鞄なんです」


 魔獣を追い払うために戦い、そして死んでしまったアリーシャとグウェインの両親。

 非常時には戦うことも多かったから、こうして動きやすい形の魔法鞄を持っていたのだろう。

 アリーシャのレベルが高いのも、兵士と一緒になって魔獣と戦っていたのかもしれないな。


「私もお父様やお母様のように、グランザウォールを守れるような領主を目指したいんです」

「だから、今回も行くと言って聞かなかったんですね?」

「それもありますが、一番の理由はやはり領民が危機に陥っているからですよ」


 ポーションを入れ終えたアリーシャの横にヴィルさんが立つ。

 成功率は低い作戦ではあるものの、絶対に成功させなければならない。もし作戦が失敗するようなことになれば……まあ、何とかなるだろう。


「それじゃあ、行きましょう!」

「「はい!」」


 アリーシャには伝えられていないけど、最悪の時には自己判断で事後報告としようかな。

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