エッセイ まいにち一歩クン

episode 14 下校の記憶は密の味

　ボクが最初（さいしょ）に通（かよ）った小学校（しょうがっこう）のグラウンド脇（わき）にはニセアカシアが丁度（ちょうど）“目隠（めかく）し”になる形（かたち）で植栽（しょくさい）されていました。まだ昨今（さっこん）のように児童（じどう）を狙（ねら）った犯罪（はんざい）が増（ふ）える前のことですので、目的は“目隠（めかく）し”よりは地盤（じばん）の保護（ほご）だったように思います。

　「博（ひろ）クンはどれ？　ボクはこれね」

十数枚（じゅうすうまい）の小さな葉の中から自分の葉を選んで目印（めじるし）を付けたらゲーム開始（かいし）。

「いろはにほへと、神様（かみさま）の言う通り…」

一方の端（はし）から葉を数え、歌の終わりで一枚ずつ千切（ちぎ）り、最後（さいご）まで残った方（ほう）の勝ち。イメージとしては「花占（はなうらな）い」です。葉っぱの枚数より少ない人数なら何人でも参加（さんか）できました。小さな小判型（こばんがた）の葉っぱ十数枚でひとまとまりになった葉の部分（ぶぶん）（奇数羽状複葉（きすうはねじょうふくよう）というらしい）は、恰好（かっこう）の遊び道具だったのです。

　葉っぱだけじゃありません。　ひとかたまりの葉の付け根にある１センチ弱（じゃく）の棘（とげ）も男子（だんし）は「武器（ぶき）」として装備（そうび）しました。一歩たちは棘（とげ）の根本（ねもと）を器用（きよう）に平らに外すと、唾（つば）をつけて鼻（はな）の頭（あたま）や手の甲（こう）にくっつけて武装（ぶそう）したものです。武器とはいっても友達を攻撃（こうげき）するには小さ過（す）ぎるので、ロックオンする対象（たいしょう）は専（もっぱ）ら自分の人差（ひとさし）し指（ゆび）。要（よう）は一人遊（ひとりあそ）びです。恐（おそ）る恐（おそ）る棘（とげ）が取れないようにチクッとする感触（かんしょく）が楽しいのです。時代が時代なら、恐竜（きょうりゅう）になった気分（きぶん）で自撮（じど）りした“イップザウルス”のバカ丸出（まるだ）し写真（しゃしん）を姉に握（にぎ）られ、使（つか）いっ走（ぱし）りに奔走（ほんそう）していたでしょうね。

　そして、一歩クンの一番（いちばん）のお気に入りは6月ごろブドウの実のように房状（ふさじょう）につけた白い花。

「ハーイ、ハチミツを舐（な）めたことある人？　ニセアカシアに蜂（はち）が飛んで来るのは甘い蜜（みつ）があるからなんだ」

体育（たいいく）の時間、先生（せんせい）の注意（ちゅうい）は当然（とうぜん）のように遊（あそ）びの情報（じょうほう）に誤変換（ごへんかん）。

「んっ。なあんだ、ハチミツみたいに甘（あま）くない」

放課後（ほうかご）の帰り道。

「そんなチュッチュって、ちまちま吸（す）ったってダメだよ、一歩」

「ブドウだって、“種（たね）なしブドウ”は一粒（ひとつぶ）ずつチュルって食べても美味（おい）しくないだろ。トウモロコシみたいにガブッって食べるから美味しいんだよ」

友達の一言（ひとこと）は一歩クンの好奇心（こうきしん）を擽（くすぐ）りました。

　美味しかったのは、デラウエアの方でした。なるほど一粒一粒餌（えさ）を啄（ついば）む鳩（はと）よろしくチュッチュ、チュッチュやるよりも、となりのトトロのように大きな口でパクってやる方が口の中に果汁（かじゅう）が広がって美味しかったです。そして、舌（した）で実（み）を食（た）べ尽（つく）したのを確認（かくにん）し、噛（か）み潰（つぶ）した皮（かわ）を「ほう」と一息（ひといき）に吹（ふ）き出（だ）す楽しみも覚（おぼ）えました。家族（かぞく）には「食べ方が卑（いや）しい」と総（そう）スカンでしたが…。

　デラウエアを食べると、条件反射（じょうけんはんしゃ）のように思い出すニセアカシアの甘酸（あまず）っぱい記憶（きおく）です。