きっと忘れない。【バカンス・コップ・絶体絶命】

 苦しい――もう、どれくらいこうしているんだろう。

 僕は、必死にあがき続けていた。

 絶体絶命だ。こんなことになるなんて。

 僕がしたのは、ほんのちょっとのことだ。ただ、ほんのちょっとの好奇心だったのだ。


 明日から夏休み。ギラギラ照りつける太陽とモクモクの入道雲の下、道具箱だのリコーダーだの絵の具セットだのを抱えて学校から帰ってきた僕は、汗ぐっしょりだった。

「ただいまー」

 一応声はかけたものの、自分でカギを開けてすべりこんだ玄関には、誰の靴もない。お母さんもお父さんも仕事だし、中学生の姉ちゃんはまだ学校から帰っていないから、家の中はからっぽ。僕以外は誰もいなかった。


 暑い。家に入ってもまだ、外の暑さがまとわりつく。汗だくだ。

 何はなくとも水シャワー! 僕は、大荷物を玄関前にほっぽり出したまま、風呂場に直行する。全部脱いで風呂場に飛び込みジャワーとやって、すっきりしたら今度は喉が渇いた。すっぽんぽんのまま台所に行って、コップに麦茶を入れて飲み干す。

 喉を流れていく冷たさが気持ちいい。すごく気分がよかった。あんまり気分がいいから、ちょっとふざけてみた。そう、誰もいないんだし、ちょっとだけ――


 そこからずっと、「絶体絶命」の事態に陥っている。


 やばい。どうやってもだめだ。うーうー、あーあー、何かに助けを求めるように声を出してみたけど何の変化もない。どうしよう。このままじゃ。もうそろそろ姉ちゃんが帰ってくる。

 あっ――玄関を開ける音がした。姉ちゃんだ。うわあ、どうしよう。あああ――


***


「はぁ? コップを吸って口にくっつけてたら取れなくなったぁ? あのさぁ、明日から旅行なんだよ、それも南の島でバカンスだーっつって、お父さんが奮発した豪華旅行だよ? なのに口周りにドロボーヒゲみたいなアザ作って、あんたその顔でニッコリ写真におさまる気? 何やってんのよ、バカだねもう」


 その年のバカンスを、僕はきっと一生忘れない。

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