第37話 全国大会ーフィナーレ

いよいよ最終楽章フィナーレとなる第4楽章。

去年秋のアナリーゼ講習会の公開レッスンで演奏した曲だ。

8分の6拍子の拍子を2小節分感じてから演奏を始める。


左手のオスティナート風の音型。水車のようなイメージだけど、それは決して機械的ではない。

水の流れに合わせて、流動的に動くんだ。

それに乗せられるように、まさに田園を思わせるような右手のメロディー。

角なんてひとつもないような、柔らかく豊かで温かい世界の表現。


その中にずっといたい―――

そう思わせておいて、水が急に流れ出していく。


最初、僕は川の流れのように感じていた部分。

でも…この流れは一方的ではない。

寄せては返す、波の流れ。

そう砂浜で、波を見ているような、そんな感じ。


少しは近づけたかと思えば、ふとまた離れていってしまう。

遠くにキラリと光るのは、月だろうか、それとも一番星?


暗闇を彩るのは、優しい想いだけじゃない。

近づきたくても、近づけない葛藤や、気付けば遥か遠くを進んでいるあなたには、とうてい辿りつけないという絶望もある。


続く美しい多声の世界。おだやかに、二人でおしゃべりしているかのような。

バッハの多声とはまた異なる、ベートーヴェンならではの多声。


いつも僕の目線に合わせて話してくれた先生。

目線は、いつしか上から下へと変わり

僕を見上げて話しかけてくれる先生を抱きしめたいと思い始めたのは、いつごろだっただろう。


いつまでもずっと、あなたの横にいられたらいいのに


どうしたら、横にいられるだろう。

高校に入ってから、さらにこの想いは強くばかり


それは、先が少しずつ見えているからなのか。

まるで、水の流れに身をまかせるように、勢いのまま突き進んで―――


ただ横にいられるだけでは、僕自身が納得できなくなってきている。

欲深い?

でも、少しでもいい、この前みたいに弱いところも見せてほしい。


―――必要とされたい


Piuピウ Allegroアレグロ quasiクアジィ Prestプレスト


さぁ、このピアノソナタのフィナーレに相応しく、テンポを一気に上げて、走り抜けよう。

動き回る音型は、方向性を持って進んでいき、華々しい和音で締めくくる。

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