第33話 全国大会ー受付

「中路くんは、何を演奏するの?」


受付は時間がかかっているらしい。

僕と一緒に列に並んだ楠木さんは、手にしているプログラムをめくりながら


「あ!田園?」

「そうです」

「この、演奏番号43番だね。田園、全楽章かぁ」


既に受付を済ませていた楠木さんはプログラムを持っていた。

コンクールにもよるけど、今回のコンクールはプログラムにも『公平を期すため』という理由から、演奏者の名前は記載されていない。

演奏番号と曲名、学年、演奏予定時間が書かれているのみ。


「中路くんの田園、合ってたから、全楽章聴くの楽しみだな」

「ソナタの全楽章をコンクールで弾くの、初めてで…」

「そうだよね、僕はまだ無いよ。演奏時間20分か」


「次の方、どうぞ」


ようやく僕の受付になる。

参加票を渡し、名簿と照らし合わせチェックをしているようだ。

プログラムと舞台袖に行く時間帯などの説明を受け、受付終了。


「お待たせ」

「舞台袖に入るのは14時15分」


僕が持っている案内用紙を見て、楠木さんが呟く。


「中路くん、このホールの舞台袖までの道、分かりにくいから一度一緒に行っておこうか」

「え…いいんですか?演奏終わってゆっくりしたいんじゃ」

「いいよ、さ、こっちだよ。一度、エレベーターに乗るんだ。2階まで降りて…」


一緒にエレベーターで2階まで降りる。


「降りたら、あとは、この道なりに進むと舞台袖だよ」

通路には、色々な演奏家の写真が飾られている。

このホールで演奏した著名な演奏家たちだろうか。


「あ…」


ふと立ち止まる。


「サミュエル・ロンバルディだね」

楠木さんが、写真を見て言う。


「知ってますか?」

「もちろん!」


でも、きっとエロジジイだということは知らないだろう。

まだ、今より若い頃の写真のようだ。でも、鼻の大きさと面影は、間違いなく昨日レッスンしてくれた巨匠、ロンバルディ教授だ。


「ここを右に曲がって、真っすぐいけば舞台袖だから。OK?」

「大丈夫そうです」


ロンバルディ教授の写真のところを右だな。覚えた。

「じゃあ、さっきの階に戻ろう」

「すみません、付き合わせて」

「いいよ、会ったの久しぶりだし。LINE送ってもつれない返事ばかりだったしね」


いつ楠木さんからLINEもらったっけ?


言われて思い出すが、あまり思い出せない。


「そうでしたか?そんなつもりなかったんだけど…」

「そうか、あれが中路くんのデフォルトかぁ。ならいいよ」


楠木さんは納得したように笑う。

僕、どんな返事したのかな…。


もう一度エレベーターに乗り、ホールのホワイエに戻るとはるか先生の姿が見えた。


「先生!」

「良かった、タケルくん!ごめんね、受付の時間には間に合うようにくるつもりだったんだけど、少し遅れちゃって」

「大丈夫です。受付はさっき済ませて」


はるか先生は、僕の斜め後ろにいる楠木さんの存在に気付いたようだ。僕より少し背の高い楠木さんを見上げる。


「お友達?」

「はい、楠木と言います。昨年秋のアナリーゼ講習会で中路くんと一緒で」

「まぁ、そうなのね!あ、タケルくん、舞台袖に行く時間大丈夫?」

先生が心配して、スマホで時刻を確認する。


「はい、舞台袖までの道順を今、楠木さんに実際に行って教えてもらって」

「ここのホール分かりにくいから心配してたのよ。楠木くん、ありがとう」

「いいえ。僕はここで。中路くん、君の演奏、客席から聴いているね」

「うん、ありがとう」


楠木さんは手を振りながら颯爽とホールへ歩いていく。


「なんだか、そっくり…」

はるか先生が楠木さんを見送りながら呟く。


「え?なんですか?」

「いや、なんでもないのよ…高校時代の友人によく似た雰囲気だったから…」


先生が楠木さんに対して何を思ったのか、僕にはよく分からなった。

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