第34話 全国大会ー念入れ

「タケルくん、はい!」


先生が、カバンから取り出したのはゼリー飲料。


「すでに、ここに来るまでの電車の中で、念入れは終わってるからね!!」

「ありがとうございます」


念入れって…。


「これで気合いを入れて、20分、楽しく演奏してね!」

「楽しくなりすぎないように頑張ります」


それを聞いて、先生がハッという顔をした。


「そうだった!去年の夏は『フリーダム田園』になっちゃったんだもんね。でも、もう大丈夫よ。あの時から、ハイスピードでレベルアップしてるから」

「そうかな…」

「そうよ、その上ダメ押しの、昨日のロンバルディ教授のレッスンよ。第2楽章、掴めているんでしょ?」


そう、あのロンバルディ教授と一緒に演奏した第2楽章。何か掴み始めてる気がしている。


「掴み切れてるか確証はないけど…かなりイメージはできてます」

「うん、それでいい。楽しみだな~客席で聴いてるからね」


そろそろ舞台袖に移動する時間。


「タケルくん!大丈夫だよ!」


笑顔の先生に、ふと欲が出る。


「あの…お願いがあります」

「なに?」

「今の、弟に言うみたいに、言ってみてもらえませんか?」

「弟?」


先生が少し考え込んで、グッと僕の両腕を握って、見上げてくる。


「タケルなら出来るよ!」


………


しばらくの沈黙の後に、2人で吹き出した。


「これでいいの?私、一人っ子だから、こういうの良く分からないのよ」

「思った以上の応援でした。ありがとうございます。先生、一人っ子なんですね」

「うん。だから、タケルくんに『姉さん』なんて呼ばれて、舞い上がっちゃった」


そうか、咄嗟に出た『姉さん』という呼び方は正解だったんだ。


「タケルなら出来るよ、大丈夫」


先生は僕の目を見て、もう一度強く言った。

うん、大丈夫。

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