第30話 再びキャベツの千切り

練習が終わりゲストハウスに戻ると、共用スペースの奥にあるキッチンが賑わっている。


「タケル~~!みんな待ってるよ!早く荷物部屋に置いてきて」


キッチンの中心にいるのは、なんと先生だった。

そして、今日も僕たちが『姉弟きょうだい』であるという設定は続くようだ。


荷物を部屋に置いて戻ってくると、先生は一生懸命キャベツの千切りをしていた。


「ちょっと、はるかさん、危なっかしいよ」


隣にいる男性が、変わろうとするが


「ううん、大丈夫。ゆっくりすれば…」


何が何でも自分でするつもりのようで、がんと譲らない先生。

手元を見ると、うわ…本当に危なっかしい!

見ていられずに、側にかけ寄る。


「姉さん、僕がするから包丁貸して」


動きをピタと止めた先生が僕を見て、キッと睨む。


「ダメ!明日本番なんだから!タケルは、あのボールをかき混ぜる係よ!」


横には、粉と卵などが入れられたボールが5つ置かれている。

そうか、今回もこのゲストハウス名物、お好み焼きパーティなのか…。

しかし、どう考えても危ない。この包丁さばきじゃ、いつ手を切るか。


「でも…本当に危ないから」

「だめだって。あなたはピアニストで、明日はコンクール本番なのよ。絶対、私が切る!!」


先生の目は、見たことがないくらいに燃え上っている。

なぜ、そんなにキャベツの千切りに…


「え、弟くん、ピアニストなの?」

隣にいた男性が興味深そうに僕を覗いてくる。


「そう。とっても才能のあるピアニストなの。いつか、お聴かせすることがあるかもしれないから、この顔を良く覚えていて!」

「へぇ…」


隣にいる男性以外にも、側にいる人たちが僕を一斉に見る。


「もう…姉さん大げさだよ」

「大げさじゃないわよ!! あっ!」


その瞬間、包丁が中指をかすり、先生の手から包丁が落ちる。


「ほら!もうダメだって。手洗って!」


蛇口を開き、水を出す。


「洗って洗っててね。絆創膏ないか聞いてくるから」


受付に行くと、その様子を見ていたのだろう。すでに絆創膏と消毒液が用意されていた。


元気なく、シュンとした姿で洗い場にいる先生。

「消毒するから。料理の邪魔になるしあっちのソファーに移動しよう」

「うん…せっかくいいところ見せようと思ったのに…」


トボトボと僕についてくる。

「いいところなんて、見せる必要ないじゃない」

「だって、キャベツの千切り、出来るんでしょ?」

「そりゃ、できるけど」


ソファーに座り、不機嫌そうな様子。

「あ~あ、練習しておけばよかった」

「そんなことできなくても、いつも、いいところたくさん見てるよ」


先生の手を取り、消毒していく。

幸い、傷はそれほど深くないみたいで、あまり染みないみたいだ。


「何事も練習よね。ピアノもキャベツの千切りも」


傷が浅かったことが分かり安心してくると、先生のちょっと子供っぽい様子に笑いがこみ上げてくる。

「でも、キャベツの千切りは危ないから。今日はしないけど、必要な時は僕がするから、もうしないでね」

「え~練習したら出来るかも…」

「ダメ。危ないから」


絆創膏を取り出し袋から出していると、僕たちの様子を見ていたのか、昨日、先生とウノをしていた女性が声を掛けてきた。


「仲のいい姉弟だね」


先生はキョトンとした顔をしてから


「そうなの!キャベツの千切りもピアノも上手な、自慢の弟なのよ」


満足そうに言い放った。

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