第28話 能力バカ
「先生もマッチョが好きですか…」
どうして、こんなことを聞いてしまったのだろう。
つい、口から出てしまった言葉。
普段なら言う前に考えるだろうけど、『非日常的な豪華な料亭の個室』という空間のせいか、つい口を滑らせた。
「いや?私はただの能力バカなの」
先生は、首を傾げてあっけらかんと言い放つ。
「能力バカ?」
「うん、才能とかに弱いの。だからロンバルディ教授も、そんなに嫌じゃなかったわよ。だって、あんな巨匠の演奏を目の当たりにしちゃったらね。ちょっとくらい手を触られても、トントンって感じ」
「嫌じゃなかったんですか?」
端から見て、明らかにセクハラだと思っていたのに、まさかの『そんなに嫌じゃなかった』発言に気が動転する。
「才能なかったら、このバカタレエロジジイが!と思うんだろうけどね。
あ、だからね、みんなの才能も凄いなぁ、ってリスペクトしてるわよ」
そういうと、先生が呼び鈴を鳴らした。
「こんな話、生徒さんにするのタケルくんが始めてだなぁ。あのね、うちのスタジオ、グランドピアノ2台あるじゃない?」
「はい」
「小さい頃は、生徒の弾くグランドピアノの横にべったりついてレッスンするから1台しか使わないけど、少し大きくなってくると、私は、私のグランドピアノに移動して、それぞれ1台ずつでレッスンするよね。
そうなるとね、私の目線は、生徒でもあり、1人のピアニストになってるんだよ」
確かに僕はもう長いこと、それぞれ1台ずつのピアノでレッスンしてもらっている。
「だから、隣のピアノで弾いてる演奏は、リスペクトしているピアニストの演奏でもあるの。でも、年の功かな?一応、みんなより長くピアノに携わって勉強してきてるからね、ここはこうした方がいいよ、テクニックが足りてない部分があるよ、とか、それって教えるっていうより、演奏家に対するアドバイスなのよね」
その時、失礼します、という声と共に横のふすまがゆっくりと開いた。
「あ、デザート持ってきて頂けます?あと、お茶の追加を」
「承知しました」
先生はあんなに喋っていたのに、あらかた自分の食事を食べ終わっていることに気付く。
ゆっくりと、おしぼりで手を拭いて、丁寧に畳みながら話を続けた。
「何だっけ、そうそう、だからみんなのこと、リスペクトしてるし大好きよ」
大好き…
つまり、僕も生徒の1人として大好きということか。
タオくん、君は僕は、そういう意味ではどうやら同列みたいだ。
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