第26話 料亭での昼食

タクシーで移動し、料亭の個室に通された僕たち。

ロンバルディ教授のエスコートの元、最初に部屋に入ったのは、はるか先生だった。


レディーファーストというやつか…


上座らしき席に、はるか先生をエスコートする。

先生は、自分はその横に座るというようなことを伝えているようだが、どうやらロンバルディ教授がガンとして譲らないようだ。


結局、上座ははるか先生、その横に満足そうなロンバルディ教授、そして向かいに圭吾さん。

僕は、はるか先生に勧められた、ロンバルディ教授の横に座ることになった。


メニューはすでに圭吾さんが電話で済ませているようだ。

英語のドリンクメニューを圭吾さんがロンバルディ教授に渡す。


そこでも、ロンバルディ教授とはるか先生は、何度かやりとりをする。

wine、sake、などの単語が聞こえてくるところをみると、どうやら、はるか先生にアルコールを勧めているようだ。

圭吾さんが困ったように話に割り込み、なんとか決まる。


「タケルくんは?結局、みんな日本茶になったんだけど」

「同じものでお願いします」


日本茶と前菜がテーブルに置かれ始めても、ロンバルディ教授の勢いは止まらない。


横にいる僕の存在が忘れられているかのように、ロンバルディ教授は、はるか先生にひたすら話しかける。


圭吾さんが、困ったね、という顔で僕を見てくる。


メインの天ぷらが並べられる頃には、なぜかロンバルディ教授がはるか先生の手相を見ると言い出して、あれやこれやと手を触りまくる。


手相を見るという口実で女性の手を触るのは、万国共通なのかと気が遠くなる。

せっかくの巨匠なんだから、それらしくしてくれたらいいのに…


すでにレッスンが終わって2時間が経過している。

圭吾さんが、時計をチラチラ見だすところを見ると、午後からのレッスンを心配しているのだろう。


ふと、僕の話になったようだ。

大きなエビの天ぷらに塩を付けたところで、急に僕の方を見る巨匠。

そして圭吾さんが「君は、君の先生をどう思っている?」と通訳してくる。


え…


流れが分からない状態でのこの質問?

きっと、ピアノの先生としてどう思っているかを聞かれているのだろう。僕は何とか英語で文章を作る。


「She is my best piano teacher...

I need her from now on.」


なんで英語の勉強、ちゃんとしておかなかったんだろう。こんな時に、こんな拙い英語しか言えなかった。


でも、横でずっと黙っていた僕が、へたくそな日本語英語で伝えたことは、ロンバルディ教授を少し驚かせたようだ。

はるか先生が流暢な英語でそれに続く。


「I'm proud of my student...so that...irreplaceable to me.」


それを聞いて、ロンバルディ教授は両手の平を上に向け、「それはそれは」といったジェスチャーを見せた。


僕の英語に反応して言った言葉なのに、はるか先生の英語は日本語英語ではなく聴き取れなかった。僕は先生が何を言っているのか分からず、自分の英語力の貧弱さを呪い


圭吾さんは、はるか先生をじっと見つめた。


情けない…


圭吾さんが満を持したように、そろそろ時間だということをロンバルディ教授に伝える。

はるか先生と離れるのが残念そうな教授を引っぱるように、個室を出ていく。


「会計は会社で接待費で落としておくから。少しゆっくりしてから帰っていいよ」

「ありがと~!」


嵐が過ぎ去った後のように遺される僕たち。


「タケルくん、せっかくの味が分からなかったんじゃない?ほら、残ってるの、美味しく食べちゃいましょ。私の天ぷらも、少し食べてくれる?」

「先生、二日酔いなのに天ぷらなんて、大丈夫でしたか?」


海老と、大葉とみょうがの天ぷらが僕の皿に移される。


「大丈夫。そんなヤワじゃないのよ。ご飯も持ってきてもらいましょ」


呼び鈴をピンポンと鳴らす。

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