第23話 初老のピアニスト
名前を呼ばれて防音になっているピアノ室の重いドアを開くと、初老の男性と圭吾さん、そして僕と同じくらいの年齢の女性と、その母親のような人がいた。
「それでは、ちょうどお時間ですので」
圭吾さんがその親子に声を掛け、スマートにお礼の挨拶を通訳して伝えている。
その様子を見て、はるか先生が端に置いてある長椅子の方に歩いていく。
「タケルくん、そこの椅子に荷物置いちゃお」
荷物を置き部屋を改めて見渡すと、2台のグランドピアノと長椅子が置かれているだけの質素な部屋だった。
天井から少し剥がれた壁紙が、年季が入っていることを物語っている。
僕たちに軽く会釈をして、親子は部屋を出ていった。
どこかで見たような顔の女性だった。コンクールの入賞動画か何かで見たことがあるのかもしれない。
圭吾さんが僕を手招きしながら、初老のピアニスト、ロンバルディ教授に何か話しかけている。
頷いて、ロンバルディ教授が僕に握手を求めてきた。
「Nice to meet you!」
「な…ナイストゥミーチュ、トゥ」
握手なんて、慣れない。
強張った笑顔と共に、カタコト英語で応える。
しかし、彼の目線は僕を僅かに見たかと思えば、すっと僕の背後へ動く。
そして、あっという間にその手は離れ、僕の後ろにいる先生のもとへすっ飛んで行った。
「え…」
どうしてよいか迷って圭吾さんを見ると、圭吾さんは、しまった、という表情。
振り返ると、はるか先生との握手は既に終わっているのか、なぜかハグされている。
「Prof. Lombardi」
圭吾さんが、はるか先生をハグしているロンバルディ教授に話しかけ、手元にある資料を見るように合図し、ようやくロンバルディ教授の手は先生から離れた。
2人は資料を見ながら話し、奥のピアノに向かって歩いていく。
これが…イタリア人男性なのか…
しばし呆然としながら斜め後ろにいるはるか先生を見ると、何ともない表情。
しかも僕の視線を感じ、ふふふ、という表情を浮かべた。
何…?!
「タケルくん、そちらのピアノに行って、楽譜開いててね。第2楽章でいいのよね?」
「はい」
はるか先生が僕に確認しながら、ロンバルディ教授と圭吾さんのもとへ歩いていき、直接英語でロンバルディ教授に話しかけ始めた。
そうか…この中で英語が分からないのは、僕だけか…
「では、タケルくん、レッスン開始だ。ロンバルディ教授が第2楽章のアタマから弾いてほしいって言ってるよ」
「はい、よろしくお願いします」
僕は、日本語で挨拶をして会釈をしてからピアノの椅子に座った。
はるか先生は長椅子の方に移動し、ロンバルディ教授は窓側のピアノの椅子にずしっと座る。
圭吾さんは、窓の側で立ったまま。
どうやら座るつもりはないようだ。
3人が落ち着いたところで、鍵盤に指を置く。
僕は、初めての外国人のレッスンというだけじゃなくて、いきなりの先生へのハグや、僕だけ英語が分からないという環境に気が動転しながらも、演奏を始めた。
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