第18話 レンタルスタジオでの練習

東京のレンタルスタジオは24時間OPENだった。


「コンビニみたい…」


自宅にピアノがあっても、防音していなければ深夜は演奏できないから、僕みたいな遠方からの利用者だけじゃなくて、東京に住んでいる人にも需要があるのだろう。

受付にいくと利用者はたくさんいて、夜9時を過ぎているとは思えない賑やかさだった。


今から2時間練習をして、明日のロンバルディ教授のレッスンに備える。


『今、スタジオに着きました。2時間練習してからゲストハウスに向かいます』

先生にLINEをする。

すぐに既読にはならなかったので、スマホを閉じてカバンにしまった。

今はとにかく、練習に集中しよう。


全国大会では、ベートーヴェンのピアノソナタ「田園」を演奏する。

第1楽章は、昨年の8月の地区本選で自由に演奏しすぎて、はるか先生に「フリーダムな演奏」と言われて、あえなく奨励賞止まり。

終楽章である第4楽章は、昨年10月のアナリーゼ講習会の公開レッスンでみてもらった。


今回は、全楽章、つまり第1楽章から第4楽章まですべて演奏するから、これまでの集大成ともいえる。


『ソナタは、やはり全楽章を演奏してこそ、その曲のことが本当に理解でき、作曲家の意図が分かるもの』


はるか先生からはずっとそういわれてきた。


でも、コンクールによっては、第1楽章や終楽章のみを課題曲にしていることもあって、なかなか全楽章を演奏する場がないまま、ここまでズルズル来ていて。

ハイドンやモーツァルトは全楽章をさらったことはあったけど、ベートーヴェンのピアノソナタを全楽章演奏するのは初めての経験。

コンクールだから繰り返しはしないけど、それでも20分程度の演奏時間だ。


細かい部分で心配なところを練習してから、一度、通し練習をする。

当然、それだけで20分かかる。


意外と第2楽章に苦戦する。

あの練習曲で有名なツェルニーは、ベートーヴェンの弟子だ。その彼が「ベートーヴェンが気に入って弾いていた」と遺している、この第2楽章。


「あ…」


気を抜くと、すぐに冒頭のメロディーの右手の重音をロマン風に演奏してしまう。


『ショパンみたいな弾き方をしたらNGだからね』


先生に散々言われたところだった。


「中間部は、なんとなく出来てる気がするんだけどな…」


そうそう、この鳥のさえずりみたいな箇所、可愛い感じ。重厚な部分と、こういう中間部のコントラストが楽しくて、ベートーヴェンもたくさん弾いていたのかな。


ピピピ…


スマホにセットしていたタイマーが鳴って、そろそろ退室時間が近づいていることに気付く。

結局、不安な第2楽章を何度も練習していたら、時間が終わってしまった。


カバンに入れていたスマホを取り出すと、先生から「了解!」とLINEが入っている。

さぁ、ゲストハウスに向かおう。

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