第16話 巨匠の存在
「じゃ~~~ん!!」
レッスン室に入ったとたん、先生が僕にスマホの画面を見せてきた。
2月に入り、東京での全国大会の演奏が近付いてきている。
今日は、ベートーヴェンの田園ソナタの3楽章をもう少し詰めてもらおう、と思いながらレッスン室にやってきたんだけど…
「これ、だ~れだ?」
「え…」
先生のスマホには、鼻が高くシニカルな笑顔をこちらに見せる初老の男性が映り出されていた。
誰だろう…でも、この顔といい、雰囲気は…
「ピアニスト、ですよね?」
「そうよ、知らない?このピアニスト」
「う~ん、名前を聞けば分かるかもしれませんが…」
「
うわぁ、始めて聞く名前だ。
きっと有名なピアニストなら名前を聞けば分かるかも、と甘い期待を抱いていた僕は、『知らない』と先生に伝えてよいものか迷った。
「…その顔…知らないのね」
しかし、そんな僕の思惑は顔に出てしまっていたらしく、あっさりと先生にはバレてしまう。
「すみません。でもそのピアニストがどうかしたんですか?」
「うん、2週間後にレッスンしてもらうの」
「へえ…」
「タケルくんがね」
僕?!
「え~ちょっと前に話さなかったっけ?巨匠が来日する予定で、レッスン受けられるかもって」
ああ、そういえばそんな話を以前聞いていた気もする。
色々忙しくしていて、すっかり忘れていたけど。
「あの、でもお母さんにも何も話してなくて…」
「お母さまには、私がラインしておいたわよ、昨年末に」
なんということだ。
お母さんからも何も聞いていない。
僕がぼんやりしている間に、大人の世界では順調に話が進んでいたようだ。
「一応、こういう話があって、受けられるかもしれない、とお伝えしたら、ぜひよろしくお願いします、ってお返事いただいていたわよ。聞いてない?
…聞いてないって顔ね。
まぁ、一応、って話だったから本決まりになったら話そうと思っていらしたのかもね」
「あの、全国大会の前日にレッスンが受けられるんですか?」
「うん、その予定でいるわよ、60分のコマが取れるって圭吾が言うから、とりあえず押さえてもらったけど。タケルくん、どうする?」
これまで、マスタークラスとかではるか先生以外のレッスンは受けてきたけど、外国人か…不安だけど
「受けさせてください」
ここで怖気づくようなら、ピアノを続けていくことを辞めた方がいいだろう。
「うん、60分だからね、苦手な楽章を見てもらった方がいいと思うんだけど…」
「今日は、3楽章を見てもらおうと思ってました。どうも、思った通り弾けなくて」
「そうなんだ。1楽章はある程度作ってあるし、2楽章か3楽章だよね、今日レッスンしてから決めようか」
「はい」
「レッスンには私もついていくからね。あと通訳は圭吾にお願いしたから」
それなら心強いかも…
「ありがとうございます」
不安なら、練習するしかない。
コンクールよりも、巨匠のレッスンの方が緊張しそうだ。
とにかく、練習、練習…
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