第12話 コンクール予選ー演奏終了と…

弾き終えて、ほたるの待つ席へと戻る。

ほたるが、戻ってきた僕に気付いて、ガッツポーズをしてきた。


意外な行動に一瞬ひるんだけど、うなづいて隣の席に座る。


ほたるのあんな顔、久しぶりだな。そういえば、小さい頃はよくあんな顔してたっけ。

僕がピアノを弾くのは、あまり歓迎している感じじゃなかったけど、それは僕の杞憂だったのかもしれない。


後の3名の演奏もなかなかのレベルで、受ける前は予選通過はできるかな、と簡単に考えていたけど、ちょっとヒヤヒヤしてきた。

2月の全国大会に行けたら、先生とゲストハウスに一緒に泊まる話もあったのに…


高校生の部の演奏が全て終わり、審査員が楽屋に戻っていく。

客席へのライトも明るくなり、人がざわざわと話し出すタイミングで


「ビデオ、ありがとう」

ほたるにお礼を言いながら、三脚からビデオカメラを外した。


「私、タケルのこと、何にも分かってなかったんだね」

「え?」


ほたるは、スポットライトが落とされ、暗くなった舞台のピアノを見ながら話しだした。


「私さ、タケルのことはなんでも分かっているつもりでいたの。幼稚園から一緒だったしさ。いじめられたりしてると、ほっとけなくて助けにいったりしたなぁ!タケルは無口で、あんまりしゃべらなくて、テンション低くて、そう、低空飛行」


「うん」


「でもさ、タケルが低空飛行から上に上昇していくのはさ、ピアノを弾くときだったんだね。早く知っていればなぁ」


低空飛行…以前にもほたるに言われた憶えがある。


「気付いてたかもしれないけど、私、タケルがピアノ辞めるの待ってた。だけど、ピアノ弾くとあんなにイキイキしちゃうんじゃさ、もう無理じゃない?」


「生き生きしてた?」


「してたよ~。いつもぼんやり教室にいるのにさ、舞台でのタケルは、別人だった。


ううん、舞台のタケルが本当にタケルなのかもしれないね。


…ピアノ、続けるんでしょ?」


三脚の最後の足を畳みながら、ほたるが望まないであろうことを口にする。


「続けられるだけ、続けるつもり」


「うん、初めて演奏聴いて、これは辞められないだろうな、と思った。で、私も諦めがついた!


私、振られたくないから、振ります!!」


意外なほたるの発言に絶句。

ビデオカメラを持ちながら、なんて返事をしていいか分からなくて、目が泳ぐ。


「え…あの」


「だから、振るっていったの、タケルのこと。

私は付き合うなら、タケルの一番になりたかったの。だけど、ピアノには勝てないって分かった。だからタケルのこと、振る」


「あの…ごめん」

「タケルが謝っちゃダメでしょ。振ったのは私!」


笑っているほたるの顔を見て、これは僕への情けだと悟ったと同時に、ほたるはなんて大人なんだろう、と思った。


ここ数ヶ月の、二人の微妙な空気感。

付き合ってからギクシャクとして、この宙ぶらりんな関係をいつまで続けていくのか。

きっとお互い感じていたんだ。


僕から言わないといけなかったのに…。


「あ~あ、本当はいじわるしてビデオも失敗しちゃっおうかな、と思ったんだけどさ。出来なかった。ちゃんと撮れてると思う。私もまた見たいから、後で見せてね」


「ありがとう」


「うん!ねぇ、結果発表までホールの横のカフェに行こうよ、来るときに美味しそうなアフォガードのパネルが気になっててさぁ」


「うん、すぐ着替えてくるから」


もちろん着替えなきゃいけないんだけど、それよりもほたるの目元が気になってこの場をまずは離れないと、と思った。


「ホールの入口で待ってるね。ゆっくりでいいよ~」


その目は潤んでいたし、掛けられた声もかすれていた。

ほたるから別れを言わせてしまったことに、僕は申し訳ない気持ちで一杯になった。

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