第11話 コンクール予選ー演奏
ファンタジアのモチーフは、裏拍から始まる。
8分の3拍子で書かれたこの曲は、1小節をひと固まりとして大きく捉えていくのがポイント。
破片は所々にある。
最初は、それが散乱しているかのように思えていたけど、練習を続けていくうちに体に馴染み、心地よく感じ始めていた。
次のモチーフは、どんな音で入ろうかな?
続くストレッタ。まるで追いかけられているかのように、忙しなく進むと思わせて、懐かしいモチーフが展開されることで、調和が生み出されていく。
同じモチーフが両手逆転して登場したり、音域が変わることでの演奏効果。
バッハの時代のクラヴィーアでは、一体どんな風に響いたのだろう。
バッハが作曲してから約280年経ち、僕が今演奏しているファンタジア。
現代のピアノでどんな響きが作れるだろうか。
あ、またモチーフが出てくる。今度は1オクターブ上で展開。
美しく次々と展開される、この破片を、まるでジグソーパズルを埋めていくように形にしていく。
いよいよ最後のモチーフの提示にたどりつく。
これで、すべての破片が埋まり、美しく曲を完成させる。
でもそれは、まだ前奏に過ぎない。
続くのは、アルマンド。幾分重厚なドイツ系舞曲だ。
フランス組曲も、イギリス組曲も、取り組んだアルマンドはどれもお気に入りで、評価も高いものだった。
この曲について、はるか先生が僕にまず言ったのは「リズムで展開していくこと」
この指示は、僕が思っていた以上に難しかった。
ただリズムを追っていては、画一的で機械的な演奏に仕上がってしまう。
調性や出てくるタイミングで、変化が必要だった。
そして、それがクリアできた頃に言われたのは、この曲の特徴ともいえる左手部分。
「左のアルペジオは、教会のオルガンをイメージしながらも、溶け込ませるように」
プロテスタント系教会のお抱え作曲家でもあったバッハは、数々のオルガン曲を遺している。
ロマン派以降の作曲家に比べ、オルガンと関わる時間は長いものであったに違いない。
バタバタと弾いていた僕に、ある日先生が言った言葉。
「あのね、タケルくん。下駄箱で弾いてるようなアルマンドになってるよ。大きな教会で演奏しているように感じてごらん」
下駄箱って…ひどいな。
でも、今なら分かる。
このアルマンドをどれだけ崇高な曲に仕上げられるかで、終曲であるジーグが決まる。
出来る限りの上品さを持って締めくくったアルマンドの、最後の音の響きがなくなったと同時に迷いなくジーグを弾き始める。
「この曲は迷ったら負け!!」
はるか先生が、横で叫んでいるのを思い出す。
「迷うな!ぜったいにこの表現で間違いがない!と自信を持って演奏する!!!」
僕は、演奏中に勢いをなくすことが多々ある。
それは性格のせいなのか、ピアノを始めた時から変わらず、いまだに気付けばノロノロと進んでしまうことがあるけど、そのたびに先生にハッパをかけられる。
「8分12拍子の拍に乗せて、突っ込め!!最後まで突き通せ!」
専門用語が省かれてしまえば、一体何を指導されているのだろう、と感じてしまうようなピアノのレッスン。
これまでも、先生の勢いに乗れという言葉のおかげで、僕は救われてきた。
一気に突き抜ける!!
僕は終曲であるジーグを、確固たる自信に満ちた音色で弾き終えた。
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