第10話 コンクール予選ー舞台袖

僕の前の演奏者は、モーツァルトのピアノソナタを全楽章演奏することになっている。

その演奏時間、およそ19分。


…最後の5分で緊張することにしよう。


僕は、舞台袖の端の、会場からは決して見えないところで準備運動を始めた。

19分もずっと真面目に聴いてたら、雰囲気にのまれちゃいそう。


懸案のファンタジアは、導入楽章というだけあって最初に演奏する。

まず、ファンタジアを楽しく展開させなければ!


『タオくんならどう弾くと思う?』


ふと、先生が投げかけた言葉が頭をよぎった。


僕はふと笑う。

タオくんなら…


きっと『ファンタジアを楽しく展開させなければ!』なんて思わない。

そう彼ならきっと、


どんな風にバッハが弾けるか、ワクワクしているだろう。


僕はどんな風にワクワクできる?


さぁ、そろそろ僕の出番だ。

スポットライトの下へ歩き出す。


鍵盤をガーゼハンカチで優しく拭き、目を瞑る。


僕は、このファンタジアを、驚きと喜びを持って演奏しよう。

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