第6話 2月の予定
「うん、いいよ、いい!」
僕は、バッハのパルティータ3番の中の、ファンタジアとアルマンドを演奏した。
もう予選まで2ヶ月もない。レッスンで曲を決めてから練習するのでは1週間くらい遅れてしまうから、間違いなく僕に合いそうな2曲を練習してからレッスンに来た。
「2曲でもいいけど、もう1曲欲しいかな。何か候補ある?」
「3曲目、弾けるのであればジーグは…僕では無理ですか?」
「ジーグか…これまで避けてきた舞曲ではあるけど、この前の平均律のフーガ、上手だったもんね、今ならいけるかもね」
譜面台に置いてある楽譜をめくりながら、2人で相談する。
これまで、先生とこうやって選曲をする機会はなかったように思う。
ちょっとは大人扱いしてもらえてるのかな…。
「うん…ジーグ頑張ってみようか。形としても整うよね、ファンタジア、アルマンド、ジーグ」
「はい、来週までに少し形にして…申込が11月初めまでなので」
「うん、とりあえず1週間弾いてみて、いけるかどうか判断しよう…今回の予選、行けそうになくてごめんね」
急に先生が元気がなさそうに謝ってきた。
「いえ、大丈夫です」
「どうしても仕事で東京に行かないといけなくて…よりによって日程かぶるんだもん」
「でも先生、予選前日まではいてくれるんですよね?前日、レッスンしてもらえますか?」
「うん、する、その辺りは心配しないで」
本番の演奏を先生に聴いてもらえないのは寂しいけど、先生としっかり仕上げた曲を演奏して、予選に通らないと。
「2月の全国大会、行きたいね。圭吾がね、巨匠呼んでるっていうのよ。もしかすると全国大会の前日、レッスン受けられるかもしれないよ」
「巨匠?」
「うん、まだ名前は聞いてないんだけど、ちょうどコンサートがあって来日するんだって。日程もいいから、もし通過できたらタケルくんも入ったら、って」
え…巨匠って来日って…
「その先生、外人なんですよね…?」
「ああ、大丈夫よ、通訳入れちゃえば。頼めば圭吾がやってくれるんじゃない?」
いきなりの外国人のレッスンに気が引ける。
「僕、大丈夫かな…」
「大丈夫よ~2月は、私も仕事と合わせて一緒に東京行けるし。ね、それでさ、タケルくんが泊まったゲストハウス、ここでしょ?」
先生がスマホを取り出して、ゲストハウスのホームページを開く。
懐かしい画像の数々。このギター、外国人がビートルズを演奏したものだ。
「はい、ここです」
「やっぱり!あの講習会場の側にあるゲストハウスってここしかなかったから。2月、行けたら一緒に泊まろうか!」
「えっ…!」
先生と一緒に泊まるって…
「ここ、個室があるのよ。ゲストハウス好きとはいえ、さすがにこの年で女性ドミトリーもね、と思ってたんだけど、個室のシングルルームがあれば、年相応に楽しめそうだし。
タケルくんは、男性ドミトリーに泊まっちゃえばいいじゃない」
びっくりした。
そうだよな。一緒に泊まるといったって、同じ部屋なわけじゃない。
「炊事もできるなら、ごはんも作れるし楽しそうだよね。」
「はい、僕この前キャベツの千切り係で、お好み焼きをみんなで食べました」
「え~!すごいね、タケルくん、キャベツの千切りできるの?」
「はい」
先生はからかうように、僕を覗いてきた。
「ピアニストなのに?」
「え?関係あります?」
「ううん、ない。でも、指は大切にしてね」
先生はいつだって、僕に甘い。
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