第3話 バイトの日

「タケルくん、これ美味しいね!」


今日はバイトの日。

トシさんは、僕がお土産で買ってきた食パンを受け取るやいなや、早速トースターで焼いて食べ始めた。


「東京で有名なお店らしくて。でも小っちゃいお店なんですよ、商店街の中にある」

「そういうお店が実は最強だったりするよね、カナコ先輩~焼けてますよ~」


ガチャガチャと音をさせながら、カナコ先輩がドアを開ける。


「トシくんは、飲み物はいらないのかな?」

カナコ先輩の持つお盆の上には、ブラックコーヒーが2つと、たっぷりミルクが入ったコーヒーが1つ。


「わ~カナコ先輩ありがとう!」

「はい、タケルくん、私たちにまでお土産ありがとう」


そういいながら、カナコ先輩は僕と自分のところにブラックコーヒー、そしてトシさんのところにミルク入りコーヒーを置く。


「これ、バターもいらないくらい、パンに味があるね」

トシさんは上機嫌でパンを食べている。


「そうなんです、でも、ピアノの先生はジャム塗ってました」

「そうなんだ、あの先生でしょ?」

「ああ、この前ケーキをお土産で持たせてもらった…」


そう、はるか先生をイメージしたかわいいケーキとオペラ。


「いや、うん、そうなんだけど…」


なんだか言いにくそうに、珍しく言葉を詰まらせるトシさん。その様子を見て、横のカナコ先輩はあっけらかんとした表情。


「トシくん、別に口止めされてないんだから、よくない?」

「そうかな…」


カナコ先輩がコーヒーを飲みながら僕に言った。

「実は、この前、その先生がケーキ買いにきてくれたのよ」

「え?」


カナコ先輩にせっつかれたトシさんが、言いにくそうに話し始めた。

「ちょうどタケルくんが東京に行ってる時にね、ふらっと1人でいらして、生徒がこの前持ってきてくれたケーキが美味しくて、って言われて…『あ、このケーキだ』って指をさしたのを見て、もしかしてと思って」


カナコ先輩がクククっと笑い出す。


「トシくんったらね、『もしかしてタケルくんのかわいい先生ですか?!』って…!!」

「ええっ?!」


慌ててトシさんが弁解を始める。


「タケルくん、違うんだ、タケルくんの先生がかわいいイメージって頭があったから、それでつい口が滑って」

「口が滑ろうが何だろうが、『タケルくんのかわいい先生ですか?!』って言ったのは間違いないのよね~」

カナコ先生が思い出しながら大笑いする。


僕は、一体何が起きたのかパニック…トシさんったら、一体なんてことを。でも、昨日先生に会ったけど、そんな話、ひとつも聞いていない。


「あの…それで…」

恐々と、その後何が起こったのか聞いてみる。


「ああ、それで、先生がビックリしたような顔をしたんだけど、タケルくんがお世話になってますって、この前は私にまでケーキをプレゼントしてくださってありがとうございますって」


カナコ先輩が涙を拭きながら

「ありゃ~タケルくんが好きになっても仕方ないね。好み、ど真ん中なんでしょ?」


あの『かわいいイメージです!』のあたりで、カナコ先輩には、僕が先生をちょっと特別に見ているのはバレているようだ。


「好みとか、よく分からないです」

「好みじゃないの?」

「先生しか好きになったことがないから」


ふと、部屋がシンとした。


「トシくん、聞いたか、これが純真というものだ」

「僕も、カナコ先輩一筋だよ?」

「それで、先生はどのケーキを買って帰りましたか?」


僕が気になるのは、その一点。

好きなケーキがあるのなら、レッスンの時に持っていけるし…


「それがね、一緒に食べる相手もいないしなぁ、とおっしゃって、カナコ先輩が選んだ『はるか先生ケーキ』とオペラを1個ずつ買っていったんだよ。今度、タケルくんがいる時に、新しいケーキに挑戦しますね、って」


カナコ先輩が腕を組みながら、ニヤッと笑みを作る。


「青年よ、もしかするとこれは脈ありかもしれんぞ…!」


そんなバカな…。


「僕は、そこまでおめでたくできてません」

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