第2話 お土産話

「へ~、そのゲストハウス良さそうね、だってこの食パン、朝ごはんで食べられるんでしょ?」

「そうなんです、講習会場に近いからと思って泊まっただけだったのに、朝ごはんも美味しいし、運が良かったせいでビートルズも聴けるし」


先生は、2階で食パンをこんがり焼いて、いちごジャムとバターを持って降りてきていた。


「楽しそうね!実は私もゲストハウス結構好きなんだ、最近は日本でも増えてきていいよね」

「先生も泊まったことがあるんですか?」

「うん、日本だと北海道に行ったときに。あと、バンコクとプーケットでも泊まったかな」


僕はバターを食パンに塗りながら、先生の話を聞いていた。


「色々行ってるんですね」


先生のこと、もっと知りたい…


「そりゃ、オンナも36歳まで独身だったら、色々行くわよ~」

「先生が社長だって聞いて、びっくりしました」


僕は、今回の旅で一番驚いた先生の情報を話してみた。


「圭吾のヤツ…!社長って言っても、今は全部外注しちゃってるし、一人で静かに仕事してるだけだから。それに…別に隠してるわけじゃなくて、わざわざ言うことでもないし。皆はピアノが習いたくてこの教室に来ているわけでしょ?私のピアノ以外の情報って、必要ないからね」


「そうかな…僕は…もっと先生から学びたいと思いました」


はるか先生が、食パンにジャムを塗る手を止める。


「ピアノもだけど、社会人としてピアノ以外の世界でも活躍している先生って、尊敬できる」


僕の話を聞きながら、パンをちぎってパクッと食べた先生は


「私、そんな大層な人間じゃないのよ」


と笑って言った。


「見た目だけじゃなくて、本当にふわっふわなのね、このパン!次はジャム塗らないで食べよ~!」

「ヨシキさんと、コワーキングスペースで会いました」

「うん」

「先生は、ヨシキさんが在籍している大学について、どう思いますか?」


そう問いかけると、パンをちぎる手を止め、先生が僕をじっと見つめた。


「興味があるの?」

「はい」

「…タケルくんのご両親なら、少し理解があるかもね。でも、普通の大学に進んでほしいと思う親御さんがまだ多いと思うのよ、だから…」


「勧められない?」


僕は、先生の言いにくそうにしていた言葉を言ってみた。


「ううん、自分のビジョンがしっかりしていることが大切」


否定することもなく、でもそれ以上のことを僕に求めてくる。


「どうしてオンライン大学なのか、行って何がしたいのか、どう自分の人生に活かせると思うのか、そういうのがある程度見えている人に合うものだと思う。まだ将来がぼんやりとしているのであれば、タケルくんが今、志望している国立大学の方が入ってから軌道修正がしやすいかもしれないよ。


…なんてね、親のいう通り音楽高校、音楽大学と進んで、ひょんなことから会社興して、ピアノ教室してるワタシが言うことでもないんだけど」


「先生は高校のころ、将来何になりたいと思ってましたか?」


少し寂しそうな顔をして、やっぱりジャムの塗られた食パンを見つめながら言った。


「なんにも…なんにもなりたくなかった」

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