第31話 特別な言葉

「お待たせしました」

ヨシキさんとカフェスペースから出ると、圭吾さんは作業をしているノートパソコンから目を離し、僕をみて笑った。

「何か、役立つ話は聞けた?」

「はい、とても」


「はるかさん、今、秘蔵っ子が来てます」

圭吾さんの横で作業している女性が、「はるかさん」と呼んだのでびっくりする。


「はい、高校生のピアノ男子。そりゃ、こんな若い男の子と関わってるんじゃ、はるかさん、若いはずですよね。羨ましいですよ。はい、さっき圭吾さんが。え?圭吾さんに変われって?ああ、はい分かりました~」


女性が圭吾さんにヘッドホンを渡す。

「あ~あ、バラしちゃったのかよ…」


おずおずとヘッドホンを受け取り、女性のノートパソコンの画面が圭吾さんに向けられると、パソコン画面にはるか先生が映っていた。


「はいよ。え?いいじゃん、社会科見学だよ。高校生男子に会えて、ノリちゃんもミキティも大喜びだよ。俺?俺はさ、みんなと違ってただの社員だけど、資料作りに来たわけ。え?家だと集中できないんだよ。うん、こういう若者の視野を広げるのも俺の仕事なワケ。お前はさ、かわいいかわいい、でそういうのさせないから。ハイハイ」


今度はヘッドホンが僕に渡される。耳に当てると、いつもとは違う回線越しのはるか先生の声…


「タケルくん、まさかそんなところに連れまわされると思ってなかったのよ。大丈夫?」

心配そうな先生の顔が見える。

画面越しの先生も可愛いな。

さっきまで、すごい人だったんだって圧倒されていたけど、話せばやっぱりいつもの先生だった。


「大丈夫というか、楽しいです」

「ほんと?ピアノの講習の方は?どうだった?」

「そっちももちろん。みんな、すごいレベルの人ばっかりで勉強になったし、だけど色んな人と話ができたし、みんな気さくに声かけてくれて」

「そう、良かった。出来る人ほど余裕があって優しいものよね。

フライト、今日の夕方でしょ?気を付けて帰ってきてね」


『帰ってきてね』という言葉は、僕の心に魔法の言葉のように響いた。

特別な人に言われると、特別な言葉になるんだな…。


「はるか先生、僕をここまで連れてきてくれて、ありがとう」


素直に出た言葉に先生は目を丸くして、それから優しい笑顔で言った。


「タケルくんが頑張ったからだよ」



コワーキングスペースを出て、地下鉄の駅で圭吾さんと別れることになった。

「今回、どうだった?」

「アナリーゼ講習会は、みんな凄く前向きで僕みたいな受け身ではだめだな、と。あと、コワーキングスペースでも…あんな生き方があるんだって。もちろん、はるか先生のことも知らなかったことばかりで」

「はるかにとって、ピアノ講師という仕事はライフワークなんだよ。一生、信念を持ってやり続ける仕事。でもパワー有り余るから、あいつ。他の仕事もしないとね」


圭吾さんが可笑しそうに笑うのをみて、この人は長くはるか先生を見続けてきたんだと実感した。

僕が「ピアノの先生」としての側面しか見てこなかったのに比べ、この人は、どれほど「小宮山 遥」という人間を知っているのだろう。


「ヨシキさんに話も聞けて良かったです」

「はるかの方がオンライン大学については詳しいはずなんだよ、在学生に仕事依頼したりもしてるし。はるかを引っ張ってった商社の部長も講師に入っているしね。でも、地方って保守的なところがあって、本人や保護者に軽々しく勧められない空気があるのかも。これを機会に、聞いてみるといいかもしれないよ」


圭吾さんと別れ、空港までの電車の中でヨシキさんにお礼LINEをした。

まだコワーキングスペースで仕事をしているらしい。


「入学してまだ半年くらいだけど、分かる範囲なら答えられるから、知りたいことがあったらLINEして。

受験は普通と違うけど、君ならやりたいこともハッキリしてるから余裕だと思う。ただ入ってから苦労するから、高校の勉強はちゃんとやっておくことと、英語はとりあえずTOEIC880点くらいまでは取っておくのがおすすめ。あと、アメリカなんかの大学と一緒で、入るのは簡単でも卒業するのは超大変だから!」


大学について知りたい情報がコンパクトにまとめられていた。



今までの固定概念がひっくり返されるようなことばかりだーーー


僕は今の今まで、どうしてこのままでいられるなんて思ってたんだろう。

これまでどおりピアノだけ弾いていても、先生のそばにはいられない日がくるかもしれない。

このままでは、はるか先生に追いつくこともままらならいだろう。


先生のことを知れば知るほど欲が出てくる。


離れたくない

先生の横にいたい


僕の中で、何かが大きく変わり始めていた。


ピアノ男子の憂鬱 第3部 完

最後までお読みいただきありがとうございます。

明日より、外伝ユーチューバータオの初恋第2部を開始いたします。

タケルのあれこれや、はるか先生、圭吾なども出てきます。

タケルの知らない「夏の闘い」ぜひ、お読みいただければ嬉しいです。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054917967557/episodes/1177354054934289817

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