第30話 情報
「ヨシキくん、大学はどんな感じ?」
圭吾さんが、大学1年生だというヨシキくんに話しかける。
「ああ、すっごく楽しいですよ。社会人も多いし、起業目指してる人とか、意識高くてすごい刺激的で」
「へ~そういう時代なんだね、あ、タケルくん、ヨシキくんはねオンラインの大学に在籍してるんだよ」
「オンライン?」
「そう、大学の間に世界一周もしたいと思ってたし、プログラミングの仕事も本格的に始めたかったから、オンラインの大学を選んだんだ。場所も時間も融通きくしね」
オンラインの大学なんて、テレビでちょっと話題になっていたけど僕には遠い存在だった。調べたこともなかったし、ほんとに大学なの?って疑うくらいの情報しか持ち合わせていない。まさか、ここで実際通っている人に出会うなんて…。
「世界的バレリーナを目指している子も、オンラインを選び始めてるらしいね」
「いますよ、経営学専攻の人は実地が難しいみたいだけど、他の専攻ならやりやすいかも。バレリーナ一本もいいかもしれないけど、セカンドキャリアも考えるような人にはぴったりですね」
2人の話を追いかけるのが精一杯で黙り込んでいる僕に、圭吾さんが話しかけた。
「タケルくん、オンライン大学に通ってる人に会ったの、初めて?」
初めてだし、何か気になるキーワードをいくも聞いた気がする。
「はい…あの、話をもう少し…聞きたいです」
僕の顔を見て、ヨシキさんはパソコンの画面を閉じた。
「いいよ。締め切り余裕あるから。あっちのカフェスペースで話そうか」
「ヨシキくん、時間本当に大丈夫?」
圭吾さんが、パソコンを閉じたヨシキさんに声を掛ける。
「大丈夫ですよ、それにお世話になってるはるかさんの生徒さんっていうんじゃ、特別扱いしないわけにいかない」
それを聞くと、圭吾さんはニッコリ笑って、カバンからノートパソコンを取り出した。どうやらここで仕事をするつもりのようだ。
「じゃあ、僕はここで仕事してるから。ヨシキくん、頼むね」
ヨシキさんに案内されたカフェスペースは、作業をしている人の邪魔にならないように仕切られていた。
大きな1人掛けソファが、ポツポツと変則的に並べられている空間だ。
「えっと…どんな話が聞きたいの?」
「オンラインの大学って、どんな感じですか?」
ヨシキさんが、紙コップを手渡してくれた。どうやら、好きなものを自分でサーブする形式のようだ。
「うーん、ざっくりと説明するのは難しいな。ちなみに、君のやりたいことに繋がりそうに感じた?」
「どうなのかな…僕はピアノを続けたいと思っていて、それで生計が立てられるような自信もないけど、大学に進学してもピアノのマスタークラスとか受けられたらと思ってて…」
「ああ、なるほど、ピアノか。海外とかも?」
「海外…までは考えられないけど…」
僕はコーヒーメーカに紙コップを置き、ボタンを押す。豆が挽かれると、途端にコーヒーの良い香りが部屋に漂う。
「ピアノのことはよく分からないけど、圭吾さんが連れてきてるってことは、君、いいレベルまでいってるんじゃない?だってあの人、若手ピアニストの育成事業とかやってるって聞いてるし」
「僕は、はるか先生の生徒だから特別扱いなのかも…」
圭吾さんが僕をアナリーゼ講習会に誘ってくれたのも、きっと僕がはるか先生の生徒だからだろう。
それに、はるか先生が大学生のうちに起業していたなんて…
豆が砕けていく様を見ながら、僕なんて子供ってだけじゃなくて、ほんとに小っちゃい存在なんだなぁと感じ始めていた。
「タケルくんさ、自分で枠にはめない方がいい。人間って、その枠内でしか成長できないと思うから」
「枠?」
「そう、俺もちっちゃい頃ピアノ習ってたけどさ、コンクールなんて頭にもなかったよ。同じ教室で、そんな生徒も周りにいなかったからね。君が今、ピアノでその位置に立ててるってことは、枠にはめずに伸び伸びとサポートしてくれた人たちが周りにいたから、とは思わない?」
なるほど…
兄がコンクールを受けていなければ、僕はピアノを弾いていたか分からないし、その兄がピアノのコンクールでまさか全国大会まで行けるとは思っていなかったと両親も言っていた。はるか先生との出会いももちろん大きい。別のピアノ教室に行っていたら、また全然違ったことになっているだろう。
「ざっくり言うと、君が海外でマスタークラスを受けたい、短期留学でもいいからしたい、と思って行動すれば、それは現実になるかもしれない、ということ。もちろん、ならないかもしれないけどね」
ヨシキさんは、テーブルから持ってきていた自分のコーヒーを飲みながら、楽しそうに話す。
「もしかしたらオンライン大学は君に合うかもしれないね。君の勉強したい内容があればの話だけど。
自分のスケジュールである程度決められるし、国内でも、どこに移動してもネット環境と時間さえ作れれば講義が受けられるし。もちろん海外に行っている間も」
僕は、出来上がったコーヒーを持つ手が震え始めた。
ただ、地元にいればはるか先生のところでピアノが弾き続けられるだろう、だから地元の国立大学に行こう…
なんて安易に考えていたんだろう。
生徒という立場に甘んじれば、ただ毎週会うことはできるかもしれない。
でも、さっき知ったはるか先生のバックグラウンドを考えると、側にいられたら、なんて甘い考えでは、すぐに振り落とされてしまいそうだ。
気を抜けば、側にさえいられないかもしれない。
「あの…ヨシキさんはどんな仕事をしてるんですか?」
「ITドカタだよ、プログラミングなんだけど、パーツを作るのが得意でね。はるかさんは、このコワーキングスペースでお互い知り合いがいて、話してたら腕がよさそうだから、って仕事もらったんだ。それから気に入ってもらえたのか継続して仕事くれててね」
大学1年でそんな仕事ができるなんて、できる人なんだろうな。
ようやくコーヒーを一口飲んで、自分を落ち着かせてみる。
「プログラミングって、何か勉強したんですか?」
「高校の時に、自分で大学の学費が稼げたらな、って。バイト全額、プログラミングのオンライン講座につぎ込んでさ」
「高校に通いながらでも、できますか?」
「う~ん、俺は部活もしてなかったし、バイトしながら半年くらいである程度は終了できたけど」
それって、今の僕の状態と同じ!!
「すみません!そのプログラミングのオンライン講座の名前とオンライン大学の名前、教えてください!」
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