第29話 コワーキングスペース

僕が圭吾さんに連れてこられたのは「コワーキングスペース」だった。

木目調の揃えられたインテリア。オシャレなテーブルや本棚、入った横で談笑している二人組も、ノートパソコンを携えてちょっとカッコイイ感じだ。


「あ、北山さんいらっしゃい」

カウンターの人が声をかけてくる。圭吾さんは常連っぽい感じで受付をサッと済ませ、「あそこだよ」と指さす。


「圭吾さん、お久しぶりです」

「ホント、最近お会いしてませんでしたよね?ここにいらしてました?」

3人座っているそのテーブルには、コーヒーとノートパソコン、そしてファイルらしきものが置かれているだけだ。

女性2人は20代後半といったところだろうか、落ち着いた雰囲気で、もう1人の男性はすごく若くみえる。


「時々は来てたんだけど、会わなかったよね。タイミングかな」

「あれ?今日は随分フレッシュな方と一緒ですね?」

「ああ、はるかの秘蔵っ子」


圭吾さんは、僕を意外な方法で紹介した。


「え?はるかさんの?」

「もしかして、ピアノの方?」

「そ。高校1年生のピアノ男子」


女性2人が静かに手を叩く。

「おーーーーー!!!」

「ピアノ、すごく上手なんだ…」

「いえ、そんな上手とか、そういうんじゃ…」


このまま圭吾さんに話を進められると、勘違いされそうで慌てて否定する。

「タケルくん、はるか先生の秘蔵っ子なんだから、嘘でももっと堂々としてないと」

「いや、圭吾さん困ります。誤解されたら…」


そんな僕と圭吾さんのやり取りを見ながら、男性はノートパソコンで作業を続けている。やっぱり随分若い。僕と似たような年なんじゃないだろうか。


「それにしても高校生とはトキメキますね。」

「だめだよ、からかったら!はるかの生徒なんだから」

「はるかさん、いいなぁ、いつもこんな若い男の子と一緒なんだ。そりゃ~年取らないはずだわ」

「そうよ、あの若さは若い子の血をたくさん吸ってるからよ!」


みんな、はるか先生のことを知ってるようだ。一体どんな関係なんだろう。

様子を伺っていた男性が、口を開いた。


「タケルくん、今高校1年生?僕と3つ違いかな」

「そうだ、ヨシキくんが一番年齢が近いかもね」

「大学生ですか?」

「まぁね、今1年生。でも、はるかさんから仕事もらってて、一応フリーランスでもあるけど」


ーーー仕事?

僕は状況がうまく飲み込めず、圭吾さんを見上げた。


「ああ、はるかはフリーランスというか、まぁ、社長だよね」

「社長ですよ、だって大学の時に起業したんでしょ?やり手~」

「そ、俺が行ってたインターン先に一緒に応募して、そこで立案したのが通って、出入りしていた商社の部長に目をかけられて、一気に起業」


これまで知らなかった、はるか先生についての情報が大量に流れてくる。

確かに、東京や大阪に行く用があるから、とレッスンが休みになることがあった。全国大会の付き添いをお母さんがお願いした時も、他の仕事で東京に行かないといけないから、と旅費がかかったことがない。


これまでのことに合点がいった。

そうか、こういうことだったのか…。


「ジャパニーズドリームかよ」

ヨシキくんと呼ばれた男性が、ため息交じりに言う。


「その部長さんって、もしかして磯田さん?」

「そう、当時は部長。今は取締役部長」

「インターンの頃って言ったら、もう15年くらい前ですか?」

「そうなるね、やだな、そんなに経つのか」


磯田さんという人は、どうやらとても偉い人らしい。社会のことはよく分からないけど、商社の取締役部長なんて、すごく役職だな。


「そうなんだ、磯田さんって、そんなにはるかさんと長いんだ」

「そ、今ウラジオストクにいるんですよね。早く任期終えて帰国しないかな」


ウラジオストクという言葉に、先生が見せてくれた写真が蘇る。


「あんなとこ、飛ばされる人じゃないはずなんだけどね。前任者の尻ぬぐいかもね」

「ウラジオストクの任期が終わっても、また別の海外行くかもよ?」

「ですよね、この10年くらい海外なんでしょ?」

「会いたい~磯田さん、渋くてやり手…!!」


あの時、先生と一緒に旅をした人は、この磯田さんという人だったんだろうか。

というか、磯田さんに会うために、ウラジオストクへ…?


だいたい、社長って…


僕の知らない「はるか先生」がそこにはいた。

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