第24話 公開レッスン2日目

午後の公開レッスンで、楠木さんは圧巻のベートーヴェンを演奏した。

なんと曲は、ハンマークラヴィーア。ベートーヴェンの後期ピアノソナタの傑作。そして高い演奏技術も必要とされる難曲だ。

第1楽章はソナタ形式。力強いモティーフは、何度も登場する。ベートーヴェンの後期ソナタの特徴であるフーガも、演奏課題のひとつだ。

楠木さんは、まるでオーケストラのような壮大さでピアノを演奏する。

やはりこの人…ただものじゃない。


「すごいね、君…高校1年生?」

演奏を終えた後、先生が確認した。


「とてもよく演奏できているけど、やはりフーガ部分かな。この曲の場合、フィナーレの第4楽章にも3声のフーガが展開されるから、そこを中心にみていきましょう」


僕も、はるか先生から『いつかハンマークラヴィーアを』と言われていた。

他の後期ソナタの傑作である熱情やワルトシュタインは、いまいち僕には合わないと考えているようだ。そう考えると、楠木さんがハンマークラヴィーアを選び、この公開レッスンを受けてくれたのはありがたい。いつか演奏する時のための予習にもなる。


全員のレッスンが終わり、ちょっとしたサンドウィッチと紅茶が出された。

講習終わりの親睦会だろう。


タオくんは大人気。ピアノ系YouTuberとしても有名になりつつあるし、最年少で人懐っこい性格のためか、みんなに可愛がられている感じ。

僕は、遠くからタオくんを見つめて安心していた。


タオくんは、いつでもみんなの人気者だな…。


楠木さんが紅茶を片手に僕の方に寄ってくる。

「中路くんが一緒で、楽しい講習だったよ」

「僕も心強かったです」

「また、どこかで会おうね、連絡先交換してくれる?」

「もちろん」


「ハンマークラヴィーア、素敵でした」

音大生だろうか、数名の年上らしき女性に話しかけられる。さすが楠木さんだなと思っていたら、なんとその女性は僕にも話しかけてきた。

「昨日、田園演奏されましたよね?ああいう穏やかな曲って難しいですよね」

「あ…僕、ああいうのばっかりで…」

「とっても合ってましたよ。全楽章聴きたい!」

「2月に弾く予定で…」

「頑張ってね、またどこかで会ったらお話しましょ」

「ありがとうございます」


そうか…こうやって若いピアニストの輪って広がっていくのか…。


これまで全国大会に行っても、たいした評価を受けてこなかった僕には初めての経験だった。


「タケルくん、一緒にごはん食べたいんだけど、先生たちの接待もあってね…誰か一緒に食べる人いる?大丈夫?」

帰りがけに圭吾さんが僕を気遣って話しかけてくれた。


「大丈夫です。ゲストハウスに泊まっているんで、適当に弁当買おうと思ってます」

「へぇ。面白い選択をしたね」


「タケルくん、また今度どこかでね~!」

タオくんは、今日の最終便に間に合うのかもしれない。バタバタと会場を去っていった。

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