第23話 講習2日目

「タケルくん、おはよう!」


タオくんは、今日も元気だ。

気付けば他の講習生からも声をかけられ、笑顔で答えている。

また、友達が増えるんじゃないのかな。


「中路くん、おはよう」

「楠木さん、今日もよろしくお願いします」

「はは、こちらこそ」


僕たちは番号が横のため、隣の席に座る。

「今日の演奏、まだ仕上がってないから不安でね、午前中の座学、落ち着いてられないかも」

「楠木さんでもそんなことが?」

「欲張って、ベートーヴェンの後期ソナタ選んじゃったんだ」

「…なるほど…」

「ベートーヴェン選んでいる人多いですよね」

「ハイドンと迷ったんだけどね」

「いいですね、僕、ハイドンは向かなくて」

「そうなの?やってみると面白いよ」


話していたら、今日の講師が登場した。

はるか先生が大学時代にお世話になった先生だ。


大学時代のはるか先生と、今の僕を繋いでくれるような、不思議な縁を無理やりにでも感じる。


はるか先生は、一体どんな学生時代を過ごしていたんだろう…。


説明を受けたあとに実習に入る。

和声学を中心とした実習は難しく、音大や音高に通っていない生徒はどんどん脱落していく。もちろん僕もタオくんも脱落…。

楠木さんは音楽高校に通っているらしく、学校で和声の授業があるから、とスラスラと解いていった。


先生がそれぞれの生徒の机の周りを歩き、助け舟を出す。

演奏レベルは録画審査である一定の基準を上回っていても、座学はまた別だ。

その生徒のレベルに合わせて、個別に説明をしてくれる。


少しずつ仕組みが分かって、実習内容の半分くらいまで解くことができた。

後ろを振り返ってタオくんを確認すると、頭を抱えている。中学生には相当難しいだろう。

横にいる音大生の女性がタオくんに話しかけ、ヒントを与えているようだ。


実習が終わりに差しかっかった頃、後ろの扉が開く音がして、振り返る。


あ…圭吾さん…


圭吾さんは、講師の先生に会釈している。

そうか、はるか先生と同じ大学なら、圭吾さんもこの先生に習ったことがあるのかもしれない。


僕たちの様子を見て進行状況を把握し、スタッフに声を掛けている。


「はい!とりあえずここまで!タイムオーバーです。

みんな、年齢も和声学の進み具合もさまざまです。でも、今回の講習で和声学について知って、それを演奏に活かせることに気付いて、さらに勉強を進めてもらえたらと思います」


先生の締めの言葉。


「昼食時間です~!部屋を移動してください」


スタッフに声を掛けられ、一斉に教室がにぎやかになる。


「タケルくん、お疲れ様!」

「圭吾さん、お久しぶりです」

「明日のことがあるから、LINE交換してくれる?」

「はい、ええと、これで」

QRコードを読み取り、「よろしくお願いします」と打つ。


「よし!お昼ご飯だ」


「圭吾さ~ん!」

「よ、タオくん、元気だった?」

「はい!でも、今日の和声、超むずかった~~~」

「ははは、最年少でよく健闘してるよ」


親し気な2人。

どうやらタオくんと圭吾さんは知り合いのようだ。


「楠木さん、いきましょう」

昼食会場に移動するため、楠木さんを誘うと、圭吾さんのことを確認してきた。


「ねえ、あの人、ミュージックコミュニケーションズの人だよね?知り合いなの?」

「先生の大学の同級生で」

「…なるほど」


圭吾さんは、その筋では有名な人なのかもしれない。


「タケルく~ん、楠木さ~ん!ここ~ここ~!!」

弁当を既にゲットしたタオくんが、机と椅子を4つ準備して手を振ってくる。

横には圭吾さん。


「僕の分のお弁当もスタッフが準備してくれたんだって。おじさんも一緒に食べていい?」

「圭吾さんはおじさんじゃな~い!」

タオくんが笑って言う。


「ははは、もうおじさんだよ~」

「だめ~圭吾さんがおじさんだと、はるか先生もおばさんになるから、絶対ダメ~~!」

「そっか、タオくんははるかが基準だもんね」

タオくんは、ぷうと頬を膨らませて怒っている。


「にぎやかでいいね、ここ」

楠木さんが笑った。

「タオくんは、ムードメーカーみたいなところがあって」

「うん、底抜けに明るい。だからあんな音楽が作れるのかもね」


楠木さんは圭吾さんの真正面に立ち、挨拶をした。

「北山さん、僕、楠木 光春っていいます。中路くんと同じ高校1年生です。よろしくお願いします」

「これはこれは、ご丁寧に。楠木さんの演奏は会場でよく聴いてますよ」

「ありがとうございます」


「あ、お茶取ってきてなかった!!」

タオくんが気付き、ぴゅ~っと走っていく。その様子を見て圭吾さんは満面の笑みだ。

「タオくん、いいね」

「あの、圭吾さん、タオくんとは…」

「ああ、8月にはるかのレッスン室で会ったんだよ。全国大会の追い込みレッスンでね。タオくんとはるかと、はるかの叔母さんと俺で、一緒に庭から花火見てさ」


ほたると行った、あの花火大会の日か…やっぱりタオくんは、はるか先生のところにいたんだ。


「あの時の演奏では、どうなることかと思ったけど、踏ん張ったね、あの子。数日であそこまで仕上げるんだから、大したもんだ」

「はるか先生がレッスンを…?」

「あれ、タケルくん聞いてないの?本選通った後から全国大会までは、はるかがレッスンしたんだよ」


知らなかった…先生は何も言ってなかったから。

全国大会には美央ちゃんもいるから引率したとは聞いていたけど。


楠木さんは、横で僕たちの話を聞きながら弁当を食べている。

あの本選後、僕の知らないところで夏の闘いは行われていたんだ。

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