第19話 公開レッスン1日目
公開レッスンが始まった。
3番目の演奏者であるタオくんは、ベートーヴェンの悲愴、第3楽章を演奏しレッスンを受ける。
アウフタクトから始まる第3楽章はロンド主題が次々と現れるロンド・ソナタ形式。分散和音の伴奏が色彩感を与える、ベートーヴェン初期の名曲のひとつだ。
一度演奏を通した後、副次主題の調性やロンド主題の回帰など、説明を受けながらレッスンが進んでいく。
コーダの3連符の下降、かっこよく弾けてるな、こういうの昔から大好きだったもんなぁ、タオ君…黒鍵の最後が好きで、途中全然弾けてないのに、最後の部分ばかり演奏していたのを思い出す。あれは小学5年生だったかな。
間に、音大付属高校に通う3年生のハイドンソナタや、音大生の女性が演奏するモーツァルトのソナタを挟んで僕の番になった。
「よろしくお願いします」
ピアノの椅子に座る前に、先生に挨拶をする。
今回は、ベートーヴェンの田園、第4楽章をレッスンしてもらうことになっていた。
タオくんは悲愴の最終楽章、つまりフィナーレだったけど、何の縁か、僕も田園のフィナーレだ。
しかも同じロンド・ソナタ形式。バス部分に現れる断続的な主音の上に、印象的なロンド主題が乗る。
主音を意識しながら、穏やかな8分の6拍子を左手で作り出す。穏やかな田園風景を思わせるロンド主題、美しく、流れるように…。
アルペジオで展開される経過句を超え、新しい主題へ。
僕の課題は、恐らくコーダ部分となるだろう。
ト長調のピアニッシモから続く。
Piu Allegro quasi Presto
華やかなパッセージがどれくらい表現できるか。
レッスンでは、第4楽章だけではなく田園のそれぞれの楽章についても説明がされ、フィナーレとなる晴れやかな第4楽章にどのように繋ぐかという話になる。
全曲を演奏するのであれば、第2楽章に現れるニ短調に注目するのもよいだろう、他の楽章がニ長調とされているのに、第2楽章は同主調のニ短調で書かれ、ニ長調との対比が肝となる。
また、この曲はピアノソナタ15番。その前の14番は有名な「月光」だ。燃えるような曲想から一転、穏やかな曲となっている。
ベートーヴェンのピアノソナタも順番に並べて聴き比べてみると面白いかも…。
演奏については、やはりコーダ部分に更なる研究と練習が必要、というアドバイスだった。
2月のコンクールで全楽章を演奏したいと思っているから、これは課題だな。
僕の後にもう一人レッスン生がいて、その日の講習は終了となった。
「中路くん、田園ぴったり合ってたね」
講習が終わり片づけをしていたら、楠木さんが話しかけてきた。
「そうかな」
「合ってるよ、君の雰囲気ともぴったりだ。あとタオくんの悲愴も面白かったね。彼らしい生き生きとした演奏で」
「うん、タオくんは昔からあんな感じ」
「面白いなぁ、彼…」
「タケルくん!下にお母さんが来てるんだ!一緒に行こうよ!!」
遠くからタオくんが僕を呼ぶ。
「あ…じゃあ、楠木さん、また明日」
楠木さんはニコっと笑い、じゃあね、と言う。同じ年なのに、どこか余裕のある人だ。
「タケルくんが来てるなんて思ってないはずだから、お母さんビックリするかも!」
タオくんと階段を降りる。
「お母さ~ん!」
そこには、タオくんのお母さんと妹の美央ちゃんがいた。
「え!?タケルくん?!一緒だったの?!タオ!良かったわね!!」
「そうなんだ、やっぱり中学生は僕ひとりだけで、すっごい不安だったけどタケルくんがいたから頑張れた!!」
「タケルくん、タオがお世話になって…明日もよろしくね」
「はい」
美央ちゃんは、タオくんのレッスンバッグを握りしめながら僕を見上げる。
タオくんはまだ中学生だから、お母さんが東京まで着いてきたんだな…。
「タケルくん、ホテルはどこ?良かったら夕食一緒に食べましょうよ」
「あ、すぐそこなんです。チェックインの時間が決められているので、先に行ってきてもいいですか」
「そうなの。駅前のあのファミレスでいい?先に行って待ってるわ」
「分かりました」
タオくんのお母さんが指さしたのは、緑の看板が大きく目立つ全国チェーンのファミレスだった。
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