第8話 演奏録画

店の営業時間が終わり、トシさんがケーキが入った箱を手渡してきた。

「タケルくん、これ、ピアノの先生にって。カナコ先輩が」


え…僕は慌ててキッチンを見た。

カナコ先輩、いない…。


「あの…ありがとうございます。あの…カナコ先輩は?」

「ああ、もう部屋に戻っちゃったかな。ああ見えて、恥ずかしがり屋さんだからね。今度来た時にでもお礼言ってあげて」

「…ありがとうございます」


僕は、カナコ先輩が持たせてくれたケーキが傾かないように、気を付けながらレッスンスタジオに向かう。

まだケーキ屋さんでバイトを始めて2週間くらいだけど、とても良くしてもらっていて、あそこでバイトができて本当に良かった…。

カナコ先輩は厳しいけど面白くて人情味溢れてるし、トシさんは優しいし。


レッスンスタジオのドアを開けると、ちょうど先生が玄関の片づけをしていた。

「タケルくん、いらっしゃい」

「こんばんは、先生、これ…」


先生にケーキの入った箱を手渡す。


「え?何?ケーキ?!」

「ケーキ屋さんでバイトしてて、今日のことを話したらピアノの先生に、って」

「まぁ!こんなお気遣い頂いて…っていうか、バイト始めたの?」

「はい」

「ケーキ屋?」

「はい」


少し黙り込んだ先生が、僕を見てふわっと笑った。

「そう

さ、録画の準備しないとね。さっきレッスンが終わって、画面に映りそうな部分だけは片づけたんだけど」


レッスン室に入り準備を始める。

「いきなり録画でも大丈夫?」

「はい」

「撮るよ~」

先生はスマホを固定して、録画ボタンを押した。


さぁ、今日は大海原に行かないぞ。

かわいいはるか先生にどんなに誘われたって、田園に留まるんだ。

僕は、コンクール本選での「フリーダム田園」からの脱却を図る。

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