第6話 2学期の始まり

夏休みの後半に始めたケーキ屋のバイトは、まず「いらっしゃいませ」がなかなか言えず、そこから練習だった。

だいたい、普段不愛想な僕は笑顔を作るのも難しい。


「い…いらっしゃいませ…」


引きつる僕の顔。


自分の部屋で、鏡を取り出して練習する。

トシさんはニコニコと『少しずつ笑顔になるといいね』と言ってくれるが、カナコ先輩はそんな甘くない。


「笑え!笑うんだ!人間、やろうと思えばなんでもできる!!」


すごい勢いで迫ってくる。

その勢いがおかしくて、プッと吹き出すと「笑えるんじゃないか!」と言いながらキッチンに戻る。

そんなバイトの日々だ。


僕は甘いものはあまり得意ではないけど、カナコ先輩とトシさんが作るケーキは濃厚すぎず軽やかな味で、3時のおやつに出されるケーキが楽しみになっていた。


2学期に入り、週に3日ほど学校帰りにバイトに行く生活が始まった。


「タケル、帰ろうぜ」

真っ黒に日焼けした陸郎は、夏休みにおばあちゃんの家に帰省し、親戚の子供たちの親分として遊びまくってきたらしい。


「あ、僕、今日はバイトだから」

「え、お前バイト始めたの?どこで?」

「その先にあるケーキ屋」

「えーーーーー!!ケーキ屋?!お前が?!」


驚いた陸郎が、教室中に響くような声で言う。


「…なんだよ」

「悪い悪い、意外すぎて…ま、じゃあ校門まで行こうぜ」


歩きながら、聞いてみた。


「おかしい?」

「ん?」

「僕がケーキ屋」

「いや、よく考えればおかしくもない。工事現場とかにいるより、よっぽど合う」

「そうか、じゃあここで」

「おう!」


学校からケーキ屋に向かう。

このケーキ屋には通用口はない。お客さんと同じドアを開け、お客さんがいる時には軽く会釈をして、いない時には「お疲れ様です」といって入ることになっている。


今日は来客がいたので、軽く会釈をして、横の扉を開けようとする。

「ふふ…今からバイト?」

お客さんに話しかけられる。

「はい」


着替えてエプロンをする。カナコ先輩は僕のために、ブラックのシックなエプロンを用意してくれていた。以前来ていたバイトは女の子だったらしく茶系のエプロンだったみたいだけど、初日につけてみたら似合わないとのことで、ブラックに変更になったのだ。


ショーケースの方に行くと、先ほどのお客さんがトシさんと話している。


「トシくん、男の子が入ってくれて良かったわね」

「そうなんですよ~カナコ先輩強すぎて」

「男二人で、カナコさんに振り回されないように頑張るのよ」

「ありがとうございます。はい、こちら商品です」

「また来るわね。そちらの子も頑張ってね」


ちょっと年配の奥様風の女性が、僕にも話しかけてくれる。


「ありがとうございました」

「タケルくん、あの奥さんは常連さんだから覚えておいてね。君のことは既に覚えられてたよ」

「はい」


「タケルくん、試作品があるからお客さんがいない時に向こうで食べて~!」

キッチンからカナコ先輩が声をかけてくれた。


「はい、ありがとうございます」


僕は、箱作りや備品のチェックなど、入店してからするルーティンを始めた。

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