第3部 躍動
第1話 バイト
「バイト?お金のことなら気にしなくていいって言ってるのに」
「でも…これから東京に行くことも増えるかもしれないから」
はるか先生の大学時代の友人、圭吾さんが企画しているクラシック期のアナリーゼコースは10月に東京で行われる予定だ。アナリーゼとは楽曲分析のこと。でも、単純にそれだけではなくて、作曲家がどのような意図でその曲を生み出しているか、その背景まで掴み取ることが大切になる。
僕はコンクール本選で圭吾さんに勧められた、ピアノの講習やマスタークラスなどを受けることを前向きに考え始めていた。
はるか先生のところでピアノを続けていくにしても、高校、大学と、ただ趣味のように続けていってもよいのだろうか、と少し迷っていもいた。
でも、音楽大学に進学するほどの腕前も自信もない自分にとって、圭吾さんが勧めてくれたプランは、今の僕にはしっくりきたんだ。
できることをやっていくしかない。
いきなり夢のような世界にいけることなんてないのだから。
とはいえ、講習を受ける費用はもちろん、地方に住んでいるから東京に行く往復の飛行機代や宿泊費もかかる。
今後、その回数が増えていけば経済的な負担は大きくなるだろう。
今回のアナリーゼコースは、録画での審査もあるため通過しないと受けられないけど、今から『行けるつもり』で準備する必要があった。
「部活もしてないし、バイトする時間は取れると思う。許可願出せば、多分受理されるだろうし」
「でも…どんな仕事を考えてるの?」
「それはまだ…」
体力仕事は恐らく合わない。指を痛める危険があるものも避けた方がいいだろう。
しかし、口下手な僕が接客ができるかとも思えない。
「今から考えてみる」
「お母さんも、ちょっと考えてみるわ。いい経験になるかもしれないしね」
東京に行く飛行機代、宿泊費…どれくらいかかるんだろう。最近はLCCも増えているし、早めに取れば安く行けるかな。僕はスマホで検索を始めた。
ビジネルホテルなら安く泊まれるだろうか。講習が行われる場所に近いところならどこだろう?
「バイト、もし見つかったらすぐ始めてもいい?」
そう、今は夏休みだ。残り2週間程度とはいえ、時間が自由になる時期だから始めるならもってこいだ。
「それはいいけど、まずはどんなバイトにするかよね…あ…そういえば…ちょっと心当たりがあるかも…」
そういいながら、お母さんは自室にこもってしまった。
録画審査は1楽章だけでいいみたいだけど、演奏できるようにしておかないと公開レッスンも受けられない。
まずは、講習を受けるために、ピアノソナタ「田園」の残りの楽章を譜読みしなくては。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます