第31話 辿りつけない世界

花火大会が終わり、僕たちは駅まで歩いていた。

地元ではそこそこの規模の花火大会だけあって、駅に向かう人だかりに呑まれそうになる。


「タケルくんだ〜」

振り返ると望美ちゃんがいた。

「人だかり、やばいね、あ、カノジョ?」


望美ちゃんが横にいるほたるを見ると、ほたるは軽く会釈する。


「ね、タオくん帰ってきてるの知ってた?さっきインスタみたら、花火アップされてるの。

これさ、はるか先生のレッスンスタジオの庭からじゃない?」


そういって、スマホの写真を見せてくれる。

確かに…このアングルははるか先生の庭からかもしれない。時々生徒で集まってBBQ大会をした時の景色が蘇る。


「帰ってくるとは聞いてないけど…」

「タケルくんにも連絡ないのか〜全国大会前の追い込みで忙しいのかもね」


今日、はるか先生は圭吾さんとおばさんと飲み会って聞いてたけど、タオくんも一緒なのかもしれない。


「じゃ。お邪魔しました〜!」

望美ちゃんは、僕に話すだけ話して一緒に来た友達のところに戻っていく。


「ピアノ教室で一緒の人?面白そうな人だね」

去っていった望美ちゃんを見て、ほたるが言う。

「よく話す人ではあるけど…」

「きゃっ」


更に人の波は大きくなり、ほたるが押される。

ほたるもバレーボールをやるだけあって165cm近くあるけど、それでもこの人混みでは流されてしまいそうだ。


僕はほたるの手を握り、駅に向かって歩き出した。


「はぐれそうだから」


反応がないのに気付いて振り返ってほたるを見ると、下を向いて黙ってついてくる。

いつも饒舌な彼女らしくない。


人ごみをくぐり抜けるように進む。離れそうになって、ほたるの手がギュッと握り返してきた。


あの手と違う感触を感じ、僕の中で何かが弾けた。




そうか、これこそ現実なんだーーー


今、僕の手を握るのは、彼女のほたる。

はるか先生じゃない。


前に進もうとするけど、なかなか進めない。

僕の知らないところで、それぞれに人は行動し、それに影響されながら変わっていく。

はるか先生も。

この花火だって、もしかしたら圭吾さんやタオくんと見たのかもしれない。


結婚していようが、子供がいようが、はるか先生の横にいてお似合いなのは、圭吾さんのような年相応の男性なのだろう。

考えても仕方ない、ぼくみたいな高校生じゃ恋愛対象としてすら見られてないんだから。

ある日突然、先生が結婚してここを離れることだって十分あり得る。



穏やかな小さな家で、グランドピアノを弾いて、語らって


………


あれは、まるで夢のような世界だったんだ。



そんな世界は所詮虚構だ。

あなたが手を繋いで横にいる、そんな世界は作りものの世界。


どんなにその世界に恋い焦がれても、そこは辿りつくことはできない。


繋がれたほたるの手を握りながら思った。


『現実だって、そんなに悪い世界じゃない』


周りの人並みに流されながら、僕たちは駅へと向かった。


第2部 完


第2部完までお読みいただきありがとうございます。

外伝・スピンオフのご紹介をさせてください。

※ 本編第2部までお読みいただいていればネタバレにならないため、ここでご紹介させていただきます。

・運命の女(主人公:圭吾)

https://kakuyomu.jp/works/1177354055015358262

・「ピアノ男子の憂鬱」外伝集 ユーチューバータオの初恋(主人公:タオ)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054917967557/episodes/1177354054917968864

・「ピアノ男子の憂鬱」外伝集 あるJKの憧憬

https://kakuyomu.jp/works/1177354054917967557/episodes/1177354054920984302



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