第24話 コンクール本選ー圭吾と呼ばれる男2

「タケルくん、ちょっと話したいことがあるんだけど」

「はい」


どうやら、はるか先生の大学時代の友人らしいこの男性と僕は、二人で話すことになっていたらしい。


「急に何のことか分からないね。ええと、一応名刺」

名刺を出されて受け取る。


『株式会社 ミュージックコミュニケーションズ アソシエイト事業部 クラシック部門 北山圭吾』

会社の住所は東京だ。


「大学ではピアノ専攻でね、卒業後はこの会社でコンサートの企画や育成事業に携わっているんだ。まぁ、はるかとは時々連絡とってるんだけど」


『はるか』


はるか先生を自然と呼び捨て…

僕の知らない、はるか先生をリアルタイムで見てきた人…。


「はるかから一度君の演奏を聴いてほしいって言われてて、こっちに出張に来たついでもあって寄ったんだ。さっきも言ったけど、フライトの最終便予約していて、あまり時間がないから、率直に聞くね


君、ピアノの道に進む気ある?」


名刺を見つめていた僕は、予想外の質問に顔を上げた。


「いえ」


音楽大学に進みたいとは正直思えない。今回の演奏の評価だって、あんな感じだし、全国大会に出られた時だって、まともに入賞できていない。

そんな僕が音楽大学に進んだって、先は目に見えてる。


「ああ、聞き方が悪かったね。音楽大学の教授について習ってみようとは?」

「ないです。僕はこのままピアノが続けられれば」


一体、何が目的なのだろう?圭吾さんの言っている意図がまったく分からなかった。


「でも音楽祭のジュニアコースは受けたことがあるんだよね?」

「はい」

「楽しかった?またああいうのを受けてみるのは?」

「チャンスがあれば」


圭吾さんは僕をしばらく見つめてから、分かった、と言った。


「今日の君の演奏を聞いて、はるかがわざわざ俺を呼び寄せた意味が良く分かったよ。タケルくん、君は音楽的にとても良いものを持っている。テクニックは、はるかがいう通り、もう少し頑張った方がいいけど、スケールやセンスはかなり完成されてきている」


僕の知らないところで、はるか先生が僕のことをこの人に話していたのか…。

嬉しいようでいて、その相手がこの男性だということが、どこか胸に引っ掛かった。


「どうだろうか、マスターコースやアカデミー、あとはスポットで色々な先生にレッスンを受けてみるのは」


そんなことが出来るのだろうか、名刺を見つめながら考え込んだ。


「俺は、そのサポートをすることができると思う。育成事業でマスターコースの企画もしているし。本当は君が望むなら、音大の奨学生への推薦をしようと思ってたんだけど。各地を回って、ピアニストの卵を探して中継ぎをするような仕事もしているんだ」


ああ、聞いたことがある。スカウトマンか。

コンクールや公開レッスンで声を掛けられた、という人を知っている。


急に、ふふっと圭吾さんが笑った。

「君はあまり話さないんだね。急に俺みたいな男に話しかけられたら、そうなるか。さっき、演奏前にはるかと一緒にいた君を見ていたから、もっと話すのかと思ってたよ」


やっぱりさっき僕のことを見てたんだ、この人…。


「はるかに習って長いんだろう。楽しそうにしてたからさ。あ、そんなに警戒しなくて大丈夫だよ、君の大事な先生を奪ったりなんてしない。俺、結婚してるし可愛い子供もいるからさ。はるかとは、今はピアノだけの縁。さて」


椅子から立ち上がって、圭吾さんはカバンを持った。


「フライトの時間があるから、そろそろ行くよ。返事ははるかにしておいて。18日にまたこっちくるから。でも、きっと君とはまた会うね。そんな気がするよ」


僕も慌てて立ち上がった。

180cmくらいはあるだろうか、圭吾さんは175cmくらいの僕でも少し見上げるくらいの長身だった。


「あの…ありがとうございました」

「うん、俺の予想。優秀賞にちょっと足りない奨励賞。でも君の演奏は聴いてて楽しかった。伸びしろがあるね」


颯爽とホワイエから立ち去る圭吾さんに、僕は圧倒されていた。

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