第23話 コンクール本選ー圭吾と呼ばれる男

「圭吾、来てくれてありがとう」

「お前忙しそうで、全然話しかけてくれないから、俺忘れられてるかと思ってたよ」


はるか先生は、椅子に座っている男性に話しかけた。

知り合いだったのか。


圭吾、と呼ばれたその男性は、立ち上がり僕を見た。


「はじめましてタケルくん、北村圭吾と言います」

握手を求められ、おずおずと手を差し出した。


「うん、いい手をしているね。ピアノを弾いている手だ、さ、ちょっと座って話そう」

「タケルくん、圭吾はね、私の大学時代の友人なの」

「そ、悪友」

「こら、やめて、生徒の前なんだからね!」


椅子に座ったら、先生が身を乗り出すように圭吾さんに話しかけた。


「ね、タケルくんの演奏どうだった?」

「うん、エチュードは色彩感が豊かだったね。和音の作り方も繊細でセンスがあると思ったよ」

「それは分かってる!田園!」


先生は急かすように聞きだす。


「田園は悪くないんだけど、スケールが大きくなりすぎというか、のどかな田園らしくはなかったね」

「…やっぱり同意見か」

「でも、表現力はあるね、メロディーにも強い個性が出てる。中間部、あれはわざとなの?」

「まさか!イメトレもしたし、田園らしさを目指していたわよ」

「じゃあ、何で…」


二人が僕を見た。


「…え、あの…」

「中間部、すっごいすっごい自由に弾いたよね?レッスンの100倍、自由に弾いたよね?」


そんなに自由に弾いちゃってたのか。

でも、僕の中の先生に誘われて透き通った海が見えてた、なんて言ったら呆れられるだろう。


「…なんか、楽しくなっちゃって」


「ははは!それは演奏家としては光ってるね」

「圭吾!笑ってる場合じゃない!」


「まぁ、でもライブ感はあっていいよね。ただ、コンクールだからね。もう少し穏やかな田園感が欲しいところではある。評価は難しいかな」

「あ~!今年でこの級卒業になるから優秀賞入りたかったのに~!」

「昨年は?」

「テクニック追いつかず、本選は入賞ならず」

「それなら、奨励賞でも御の字じゃない」

「う~ん。でももう少し田園らしさがあれば、優秀賞入れたよね」

「それはそうだね」


どうやら、二人の僕の演奏に対する評価は同じようだ。


『開演5分前です』


望美ちゃんの級の演奏が始まる5分前アナウンスが入った。


「あ、最初から聞いておきたいから、圭吾、よろしくね。で、18日は来てね」

「了解。俺、今日のフライトで帰るから、またLINEするわ」

「オッケー」

「え…」


先生はホールへ歩いていく。

僕は、圭吾と呼ばれる人と2人、椅子に残されてしまった。

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