第19話 コンクール本選ーホワイエ

ホワイエの椅子で、はるか先生とゼリー飲料を飲む。

「ねえ、絹さん、調子悪かったよね?」

「はい」

「珍しい。色んなコンクールで聞いてるけど、ここ数年で、あんなに調子が悪い演奏って聴いてなかったかも。プレッシャーに負けたかな。可哀想に」


絹さんの様子も心配だけど、僕はこれから舞台袖に演奏して自分の演奏がある。

絹さんも、今の僕に弱いところは見せられないだろう。


話せるとしても、僕の演奏が終わってからだな。


「ね、これ美味しいね。初めて飲んだんだけど」

「…これも…」


もう一つおすすめのゼリー飲料を渡してみた。

実は一番のお気に入り。


「ダメ!これはタケルくんが飲まないと!!ね、これ演奏前、最後に飲む?」

「…はい」


僕の返事を聞いた先生は、ゼリー飲料を握りしめ念じ始めた。

「むむむ…!!どうかゼリー飲料サマ、タケルくんに最後のパワーを与えてください!!」


しばらく念じてから満足したように顔を上げ、僕に手渡す。

ゼリー飲料ははるか先生のパワーを注入されて返ってきた。



…ははっ…なんだこの人…!


小さい子供をたくさん見てるからなのかな、やることが面白い。

僕も、こうやって子供扱いされてきたんだろうけど。


「なに?これで舞台で全力で弾けるわよ?」

「そうですね」

「え?なになに?なんかおかしいことした?」

「してませんよ」


「じゃあ、どうしてそんなに笑ってるのよ!」


ちょっと怒ったように、先生は僕を下から覗き込んだ。

そう、僕は珍しくお腹を抱えて笑っていたんだ。


「ちょっとタケルくん、なんなのよ~!!」


しばらく可笑しくて笑いながら、ああ、これで舞台が怖くないな、と思った。


「はるか先生はいつも通りです。そろそろ舞台袖に行きますね」


僕はカバンに受験票と楽譜が入っているのを確認して、椅子を立った。

いよいよ僕の演奏順が近づいている。


「うん、ホールで聴いてるからね」

うなづいて舞台袖の方に歩き出してふと、視線を感じて振り返る。


なんだろう?

ザっと見回すと、一人の男性と目が合った。30代くらいかな?子供の付き添い?

知らない人のはずだ。偶然、目が合っただけだろう。


振り返った僕を不思議そうに見ていた先生に、右手で握っているゼリー飲料を振りながら声をかけた。


「これ、演奏前に飲みます!」

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