第18話 コンクール本選ー絹さんの演奏
1人目の演奏者は緊張からか大きくエチュードでミスをし、入賞からは外れそうだ。
2人目は、まぁ上手だけど無難かな。
そして、いよいよ絹さんの演奏が始まる。
曲はベートーヴェンのワルトシュタイン第1楽章とドビュッシーの喜びの島。
演奏に勢いもあって、圧巻のワルトシュタイン。先々、全楽章仕上げるつもりなんだろうな。
1曲目を終え、2曲目に入る。
ドビュッシーは合っているはずだけど、何やら絹さんらしくない演奏でスタートした。
どうしたんだろう、演奏に集中できていないというか、本当にらしくない。
音ミスはないし、綺麗に流れているけど…それだけというか、いつもの絹さんの演奏のような歯切れの良さが、曲が進むに連れどんどん失われていく。
演奏を終え、舞台をはける絹さんの姿に、どこか自信のなさも感じ取れた。
うまく演奏できていなかったことが本人も分かっているんだろう。全国大会に出場したいという重みにメンタル負けしたのかもしれない。
そのあとの演奏者も、さすがこの級の本選まで残ってきたという演奏だった。その中で2人ほど個性があって際立った気がした。
横にいる先生も、その人の番号にマルを書き込んでいたから、よい演奏だと感じたのだろう。
いよいよ1部の最後の演奏。
ん?気のせいかな?
「………」
演奏が終わり、演奏者が舞台袖に入った途端に
「ね。お腹鳴ったの聞こえちゃった?」
こっそり、はるか先生が僕の耳元で囁いた。
どきっとしながら返事をする
「はい」
「だよね~豪快に鳴っちゃった!まぁ、私も生きているってことで」
軽く丸めたプログラムで、僕の肩をポンポンと叩く。
可愛い。
なんだ、ものすごく可愛い。
客席で2人でいると、こんなこともあるのか。
先生はもともと気取ったりすることもなくて、いつも自然体。
だけど、レッスン室以外での2人の会話というシチュエーションに僕はドキドキする。
「ゼリー飲料、飲みます?」
「それ、タケルくんが飲まなきゃダメでしょ」
「多めに持ってきてます。ホワイエで」
まだ、先生と一緒にいたい。なんとか理由をつけてホワイエまでは…
休憩が終わったら、舞台袖に移動しないといけないだろう。
それまでは先生と一緒に…。
どうしても離れたくなくて、僕は先生をじっとみつめた。
「じゃあ、甘えちゃおうかな」
「はい」
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